不惑わくわく日記

大阪でコンサートをあさっています。

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心の闇の魅力ーそれを表現するのは・・・・センチュリー定期

光あるところに影がある・・・・とは、「サスケ」のオープニングナレーションだけれど(笑)

大阪 ザ・シンフォニーホール
センチュリー第156回定期演奏会
沼尻竜典指揮 大阪センチュリー交響楽団
ピアノ独奏 エヴァ・クピーク
武満徹:弦楽のためのレクイエム
ショパン:ピアノ協奏曲第2番ヘ短調作品21
シューマン:交響曲第2番ハ長調作品61

この定期、当初「波の盆」がかかる、というので、もう、それこそワクワク最高潮で楽しみにしていたのに、突然の曲目変更。酷いよなあ、そんなのないよ、と言いたい。

結果として、ぐすたふくん、あまり期待せずに参加。まあ、そういう僕の態度もある程度影響しているかもしれないが、パッとしない演奏会、だったですね。

というのも、「レクイエム」今回ですでに実演4回目(!!)。これだけ聴いていると、流石にこちらも耳が肥えてしまいますよね(笑)。通り一遍の演奏では物足りないんですよ。

これは、シューマンの2番の演奏にも共通することなのだが、沼尻君、きっちりきっちり音楽の輪郭をつけよう、とするのだけれど、この曲にしてもシューマンの2番にしても、どちらも「背後の世界」と分かちがたく結びついている作品、そういうアプローチだけでは、こういう「音楽の背後にあるもの」が音のかなたに立ちあがってこないんですよね。

ここらへんが、沼尻君の限界、なのかもしれないなあ、と思いましたね。以前にも書いたけれど、この人、オペラやオラトリオ、宗教曲など、具体的な世界観やテキストがあれば、十二分にそれを音にすることができ、かつ魅力的な効果を上げるのだが、絶対音楽において抽象的なイメージを喚起するのはやや苦手、というか力不足、という気がするんですよ。

武満のレクイエムなど、処女作でありながら、遺作であるかの如くの切迫した心象世界が背後にあるわけで、それがストラヴィンスキーをして「何という厳しい音楽」と驚嘆せしめた作品。だから、そういう「心の闇」の厳しさ、峻厳さというものが立ち上がらなければ、ただ単なるのんべんだらりとした音の羅列になってしまう。

シューマンの2番にしても、この作品は、シューマンが心の病を発症するかしないかのころの作品で、音楽は光と闇との両極端の間を揺れ動く。「光」があるからこそ「闇」の美しさがあり、「闇」があるから「光」はより一層輝く・・・・沼尻君の造りは、明らかにシノーポリのそれを模倣していて、1楽章の序奏から主部へのつなぎかただとか、スケルツォのテンポ設定や噛みつくような弦内声部の際立たせ方など、こっちがデジャヴに陥るくらいにそっくり。でも、そういうアレグロの突進のダイナミズムは得られたとしても、それに照応する、井戸の底を覗きこむような3楽章のアダージョ・エスプレシーヴォのテンポがあまりにも早すぎ(アンダンテですよ、これじゃ)、それこそ「底が浅」くて、そこにあるはずの「闇」が「無い」。シノーポリは、そのどちらもをこれ以上は無いくらいに徹底してやっていたわけで、それがあの演奏の最大の魅力。そうすることで、「光」であるはずの所にすら狂気の匂いが漂ってくる。沼尻君の演奏は、そこら辺が空ぶり、なんですよ。

センチュリーも、この沼尻君のシノーポリばりの突進に必死でついて行っているのだが、ウィーンフィルでさえ破綻の際にまで行ったこの早いテンポ設定、やっぱり無理があったんじゃないかなあ。かなり雑な肌触りに終始していたように聴きました。

一方で、ショパンのコンチェルトの2楽章が秀逸。いわゆる「ロマンティック」ショパンの極北のような演奏で、低俗に堕するギリギリのところで踏みとどまった、と言う感じ。ライヴで聴くには、ここまで徹底してやってもらった方がいい。非常に魅力的に聴けました。その意味で、この楽章は、ソリストの勝ちでしたね。ただ、この人、技術的には3楽章でやや馬脚を現すところがありまして・・・・ショパンの2番は、1番よりも難物なんやなあ、と思い知りましたね。でも、総じて良い演奏だったと思うし、ブラヴォーも一番多かったです。

「演奏する」ということの難しさ、そういう生演奏を聴き続けることで初めて得られる感興、そして音のかなたを聴くこと・・・・「コンサート」とは、「生きる」ということなのかなあ。取りとめもなく、そんなことも思ったりしました。
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コメント


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いつもレポート読ましてもらっています。
シューマンの2番ですが演奏が単調なうえ、それぞれの楽章の出来不出来が激しかったように思います。沼尻さんには期待しているのですが・・・。
同じシューマンの2番では7月の大フィル/大植の方が完成度は高かったですね。

noyaki | URL | 2010-11-30(Tue)00:13 [編集]


Re: タイトルなし

Noyakiさん、はじめまして。コメントありがとうございました。

> シューマンの2番ですが演奏が単調なうえ、それぞれの楽章の出来不出来が激しかったように思います。沼尻さんには期待しているのですが・・・。

記事にも書きましたが、テンポ設定がまずあまりにコントラストがなさすぎ、だと思いました。「演奏が単調」というご意見、全くその通りだと思います。

> 同じシューマンの2番では7月の大フィル/大植の方が完成度は高かったですね。

そうですね、こちらの方は「練られた演奏」だと思いました。

私も、沼尻君は好きで、「ジャンヌダルク」の感動は、今でも思い出すたびぞくっと来るくらいです。ただ、いかんせん、この人、「芸人」じゃないんですよね。そこが良いところでもあるんですけれども。

ホントは、この人のオペラを聴いてあげてから言葉を発しなければならないのかもしれませんけれど。

ぐすたふ369 | URL | 2010-11-30(Tue)22:37 [編集]


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