不惑わくわく日記

大阪でコンサートをあさっています。

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今回のチクルスは、やはり再上昇へと加速する重要なミッションであることを確信する・・大フィル・ブラームスチクルスII

機首をあげよ、加速せよ、我に続け・・・

大阪 ザ・シンフォニーホール
ブラームス交響曲全曲演奏会2010/2011
大植英次指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団
ヴァイオリン独奏 長原幸太
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77
ブラームス:交響曲第2番ニ長調作品73

明らかに、1回目よりも客が増えてます、今日。

そして、1曲目が終わった後の休憩時間、チクルス3日目のチケットを求める長い列が・・・・・

大阪の聴衆とは、なんと正直なのだろうか?こんなことが今ここで起こっていることに、どれだけの人が気付いているのか?いや、いままさに気づきの連鎖がさざ波のように起こり始めている、その現場に僕は居合わせているのではないだろうか?

今日の2曲、どちらも秀逸だが、方向性ははっきりと異なる。2番は、前回の1番の延長線上にあり、大植さんの今回のチクルスを貫くパースペクティブ、いささかもぶれがない、ということを感じさせるに十分なもの。

でも、ぐすたふ君としては、どちらを取るか、と問われれば、1曲目のコンチェルトの腹に堪える濃厚な音楽を取る。長原幸太の「無伴奏ヴァイオリン協奏曲」、ただただ彼の姿を凝視し、彼の音に集中した35分余りだったです。

それが顕著だったのは、第1楽章。ホントに、まるでバッハの無伴奏を聴かされているかのような、極めて厳しい音楽、峻烈極まりない音。瞬きすることすら許されないかのような、ピーンと張り詰めたヴァイオリンが、最初から最後までひと時たりとも緩むことがない。この音楽は、感傷だとか甘さだとかいうものを徹底して排除しているかのようで、その凝集力たるや比類ないと言っていいほど。

ただ、これ、2楽章になるとやや逆効果。音楽が「開いていかない」。この楽章、本当なら歌に乗っていく、歌が載っていくというような愉悦や楽しさがあると思うのだが、長原君のこの厳しさがあだになって、やや一本調子で単調、聴いているうちに「飽き」が来てしまいます。ぼちぼち飽きたなあ、と思うころにちょうどの楽章の終わりが来てちょっと助かった、という感じかな。

3楽章は、もっと飛ばすのかと思いきや、意外なスローテンポで、リズムを注意深く取り、この楽章の舞曲性を存分に堪能させる、これはこれで秀逸な演奏。大植・大フィルのバックは、1楽章の最初から、この長原君の熱演に取り込まれ、憑かれたような熱を帯びた濃厚な音を聴かせて見事。聴き終わってみれば、これぞブラームス、お腹いっぱい、参りました、という腹に堪えるものでしたね。

休憩時間、母親とラウンジでグラスを空けつつ、もうこれでいいのではないか?今日はこれで終わりにしてもいいのじゃないか?という話まででたくらいで、正直この後に同じような音楽が続いていたら、それこそ王将のラーメン餃子定食みたいに、もう結構、と思ったかもしれないですねえ。でも、そうじゃなかったんですよね。

2番、予想以上に速いテンポ。だから、今日は、1楽章提示部の繰り返しがありました。だから、1楽章は存外にあっさりとした、その一方で馥郁とした夏の花の香りをたたえたような、さわやかなもの。これで、コンチェルトの余韻や後味は、すうううっと僕の中から消えていく。

そしてそのあとに奏でられる2楽章が、今日の1番。これは、最初から最後まで途切れることのない、長い長いながーい歌、唱、謡。大植英次の棒は、まるで一息でこれを歌いきるかのように音楽を紡ぎ、切れることのない滔々とした流れを創っていく・・・ぐっと胸にきましたねえ。この楽章が終わった時、会場から小さな拍手が飛んだが、気持ち分かったなあ。そう、拍手に値する音楽。

この印象、帰ってきて改めて1番の時の感想を読み直してみて思いましたね、今日の2番でも一緒なんだと。大植さん、明らかにこれで行く、と決めてます。一貫している。ブレがない。

一方、4楽章。初年度のあちゃちゃあ(私、忘れもしません、再現部の第1主題から第2主題のブリッジ、ピアニッシモ後のGPからのフォルテの爆発、大見えを切った大植さんのつくり笑顔と実際に鳴っている悲惨な演奏とのギャップといったら。あのときの何とも言えない情けない気持ち、今でもはっきり思い出せますもん)を知っているものとしては、よくぞここまで、と涙をこぼしたくなるほど。良く練習されてましたねえ。

大植さん、この楽章はかなりテンポを揺らすんですよ。このアゴーギグに十分対応し、そしてここを外したら終わりや、という数か所のクリティカルポイントもなんとかクリア(コーダにおける、ボーンのハイDも鳴ってたように聴いたが、実際は?)した、今日の大フィルはエライ。(ついでに言うと、今日のホルン、池田さんが良く頑張ってはったと思います。終演後に真っ先に大植さん池田さんを立たせたのも、うんうん、と思いました)。

突入したコーダ、最後のアクセルも綺麗に決まって、朝比奈御大が「終わりよければすべてよし」と言った最後のニ長調の和音、それがひときわ壮麗にシンフォニーを揺らした後の、地鳴りのような拍手・拍手・拍手。この拍手、最後の最後、団員が帰りかけるまでボリュームが落ちない!!久しぶりじゃないかなあ、ここまでの拍手を聴いたのは。

確信に似たものを持ちました。いままた、僕たちは高みを目指しているのだ、と。今シーズン、僕たちはまた、改めて飛翔していくのだと。

3番がどのような姿を見せるのか、そしてまた・・・・「あの4番」は一体どんなものになるのだろうか?うううううむ、楽しみですねええ、ワクワク。

他をパスしても、絶対このチクルスだけは皆勤するぞ!!、と心に強く強く誓ったぐすたふくんなのでありました。

独り言:次はきっと、補助席がでるな。
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コメント


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ぐすたふさま

アップ待ってましたあ。(またしても行けてないのですね)

これから拝見します。

古都百話 | URL | 2010-08-28(Sat)00:52 [編集]


Re: タイトルなし

京都百科さま、おはようございます。

前のブラ2の記事、こすもすにバックアップファイルから探し出してもらいました。2003年10月30日です。

「3曲目、ブラ2。で・・・

みたび、一言。

   大植さん、これから、どうするおつもりですか・・・
   (以上、かぼそく)

このブラ2、大植氏と大フィルとの間の亀裂とか齟齬とかというものを完全に露呈していましたね。1楽章の提示部を繰り返すまでなど、大植氏の指揮がどうしようもなく滑稽に見えるくらい棒と実際の音とのあいだの隔たりが酷いし、4楽章なんかほとんどアンサンブル崩壊状態。クライマックスで大植氏が大見得きったときの崩れようなんか、ほんま笑うしかありまへん。なんやそれ、あんたらプロちゃうんかって言う感じ。

帰りの電車の中で、こすもすとひとしきり話し合ったのだが、結論としては、ブラームスはもう大フィルがどうしようもなく朝比奈色に染まっているんじゃないか、それでまた、大植氏がやろうとしているブラームスが、指揮を見る限りかなり個性的なことをやろうとしているんで、その間の隔たりがあまりにも大きく、埋められることなく本番になったんじゃないか、ということになった。しかしまあ、それにしても、ちょっとこれは大変やで、っていう点では、二人とも一致。今日の演奏はそんな危機意識を抱かせるに十分なものであったことは確か。

どうするんですか、大植監督、これから・・・
いまごろ、楽屋でゴミ箱けっ飛ばしてたりして。

まさかとは思いますが、来年、星野さんみたいに健康上の理由で辞めるなんて言わないでね。」

これが、今回あれですかあああ。感慨深いものがありまする。

7年が、経ったんですね。


ぐすたふ369 | URL | 2010-08-28(Sat)08:58 [編集]


参ったなぁ

ぐすたふさんの、あつ~~い語り口に感化され
いってまいりました!!!
確かに・・・何かが起きている感がいっぱいです。

正直いえば、自分は2番の演奏は踏み絵をつきつかれているような気持ちでした・・・。
この世界についていけるかどうかの・・・

自分としては男泣きするブラームスが好きなのですが・・・。
ブラームスが苦手な人はこの演奏かなりいけているかもしれません。というより、かなり斬新なアプローチですよね。

ホルンの池田さん頑張ってましたよね!!!!!
このホルンを基準に大フィルは頑張って欲しいです。

けんちゃろ | URL | 2010-08-28(Sat)20:23 [編集]


Re: 参ったなぁ

けんちゃろさん、こんばんは。コメントありがとうございます。

> ぐすたふさんの、あつ~~い語り口に感化され
> いってまいりました!!!

恐縮です(笑)。

> 正直いえば、自分は2番の演奏は踏み絵をつきつかれているような気持ちでした・・・。
> この世界についていけるかどうかの・・・
> 自分としては男泣きするブラームスが好きなのですが・・・。
> ブラームスが苦手な人はこの演奏かなりいけているかもしれません。というより、かなり斬新なアプローチですよね。

昔流行った言葉で言うなら、「脱構築」かもしれませんね。でも、もしかしたら、僕たち日本人が思っている「ブラームス」のイメージ、それは非ヨーロッパ圏であるがゆえに固定化されすぎていて、実はヨーロッパでは、自由度はかなり高いのかもしれないです。というより、かの地では、それぞれの指揮者が、それぞれの新しい美しさを求められるのかもしれないですよね。

良くいわれるように、ブラームスは実は後期ロマン派に属する(ブラ2が作曲された年に、ブルックナーの3番の第3稿が脱稿、ワーグナーはマイスタージンガーを初演。翌年には、マーラーの親友だったロットの交響曲第1番が完成、またマーラー自身はこの期間「嘆きの歌」を作曲しています。)わけで、その文脈での語り口というのは、僕はアリだ、と思っています。

換骨奪胎されたマーラーの5番あたりから、明らかに大植さん、既存のイメージからの脱却、読み直し、洗い直し、という姿勢になってきているように思います。それがちょうど、不調からの恢復に重なっており、今、大植英次は新たなステージに向かっている、と僕は捉えたい、と思っています。

> ホルンの池田さん頑張ってましたよね!!!!!
> このホルンを基準に大フィルは頑張って欲しいです。

ホントです。たのんまっせ、ホンマ。

ぐすたふ369 | URL | 2010-08-28(Sat)21:27 [編集]


まさしく!!!

連投ですみません・・・

まさにぐすたふさんのいうとおりかもしれません。
脱構築!そうですよね。少し腑に落ちました。
ブラームスは古典ではなく、ロマン派なんですよね。

ひょとしたら、大植監督、あと15年したら・・・・
朝比奈時代のように、自分のスタイルを勝ち取るかもしれませんね。

自分が関心したのはオーケストラ側が真摯に解釈を受けてとめていたというのが伝わってきたことなんです。特に、若手の演奏家になにかを感じます。指揮者ってほんまに長期間でみないといけないですよね。長期政権を許す大阪の土壌がほんま誇りに思えます。
きっとあと10年したらすごいことになるかもですよね。

けんちゃろ | URL | 2010-08-28(Sat)22:00 [編集]


Re: まさしく!!!

> 連投ですみません・・・

いえいえ、お話が出来て、うれしいです。

> 自分が関心したのはオーケストラ側が真摯に解釈を受けてとめていたというのが伝わってきたことなんです。特に、若手の演奏家になにかを感じます。

そうですね、前のブラ2と比べて、そこが一番の違い、かもしれないです。

>指揮者ってほんまに長期間でみないといけないですよね。 きっとあと10年したらすごいことになるかもですよね。

私は、あと2回、大植さんでブラームスの連続演奏会を聴きたい、そこまで彼を支持したい、そう思います。
わが街のオーケストラ、わが街の指揮者と、思いたいです。

ぐすたふ369 | URL | 2010-08-28(Sat)23:18 [編集]


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