不惑わくわく日記

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初めての「クラシックバレエ」・・・グルジア・バレエ団日本公演

予想以上。

西宮 兵庫芸術文化センターKOBELCO大ホール
グルジア国立バレエ団 日本公演
「ジゼル」全二幕
ニーナ・アナニアシヴィリ(プリ・マドンナ)
アンドレイ・ウヴァーロフ(プリンシパル)
グルジア国立バレエ団(管弦楽:関西フィルハーモニー管弦楽団)

実は、ぐすたふくん、「クラシックバレエ」とやらを見に行くのは初めて。「バレエ」は、今を去ること何十年か前、ベジャールバレエの「春の祭典」見たさにフェスにまで、あまり気乗りのしないこすもす(よくまあ、付いてきてくれたもんだ)引き連れ見に行ったのが最初で最後。その時の「春祭」は噂に違わぬ衝撃的なものではあったが、ほかの演目がパッとしなかったのと、カラオケというのがどうも違和感があったし(やはり、「呼吸」がそこに無くなってしまうんですよ)、モダンバレエの極致のようなこのバレエ公演、ベジャールのホモセクシャルの匂いプンプンで、やはりプリマをその中心にいただく「クラシックバレエ」からは遠く離れたものだったです。

で、何がきっかけかわからないが、このごろりんりんがバレエに興味津々。それで、じゃあ、みんなで見に行くんなら、これ!!と白羽の矢をたてたのが、「ジゼル」。この選択は間違っていなかったですね。

これぞ「クラシックバレエ」の様式美、いままでいろんなところで見聞きしてた、舞台上に見事なまでに展開する配置と移動の美しさ。でも、良く勉強すれば、もっと面白さがわかったかも、と思いました。バレエをやってる人には自明のことでも、普段見ていない人にはわからない約束事がどうもたくさんあるようで(パド・ドゥ、や、パド・シスなど、ああなって、こうなって・・・・お決まりの舞踏の展開がどうもあるようです)、そういうところを知っていると、まあ要するに、よ!待ってました!上州屋!!みたいな楽しみもあるのかなあ、と。

「ジゼル」という作品も、今回当然のことながら初めて目にしたが、筋立てなんかはっきり言ってどうでもよくって、その中心点は2幕を貫く幻想的な舞、この作品の魅力はそこに尽きる。蒼い背景の上に、白く神聖な女性的なるものが、黒く猛々しい男性なるものを浄化に導くという、抽象的な聖劇といってもよいこの第2幕、なんて美しいんだろう!!それを成立させているのは、舞そのものがもつ「根源的な力」、ですね。この2幕、1幕と時間的にはほぼ一緒なのだが、幕が下りた時、え?これで終わり?短かったなあ、と思いましたもん。いろいろと背景の説明に時間を費やす1幕の方が、いろいろと手を代え品を変えの踊りが満載で登場人物もずっと多いのに、かなり退屈だったのとはえらい違いです。

でも、グルジアバレエ、寡聞にして知らなかったが、ロシア文化圏(こういうと、グルジアに失礼かしら?)のバレエ文化の層の厚さと歴史の重み、それを十二分に思い知らされる、見事なものでありましたね。こういうのを見ると、文化、というものが、人間の尊厳や存在意義に直接繋がる侵しがたいものであること、そしてまた、それを連綿と受け継ぐ人間の営みがいかに尊いものか、ということを、いやおうなしに分からせられてしまう気がする。

パンフレットをみると、グルジア、という国のおかれた状況、そして、プリマのアナニアシヴィリのおかれた立場、というものが、安穏としたものではないことがひしひしとわかる。それでも彼らは、このレヴェルのバレエを達成しているわけで、そのことには本当に頭が下がる思いがします。

でも、純粋にバレエ、としても、りんりんが、「うわああ・・ハート」だったのは、本当にうれしい。

また、みんなでバレエ、見に行こうね。
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