不惑わくわく日記

大阪でコンサートをあさっています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

オケコンを前座に使うなんて、なんてオケだ・・・京響定期

曲の順番が逆だろう、と思ってたら、これで良かった、というところがまずびっくり。

京都 京都コンサートホール
京響第555回定期演奏会
広上淳一指揮 京都市交響楽団
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
ブラームス(シェーンベルク編):ピアノ四重奏曲第1番ト短調(管弦楽版)

今回も満員御礼、大入り袋が出たらしいです(とプレトークで言っておられました)。凄いなあ、センチュリーとは全く逆。いけいけの上り調子のオケと、逆境下り坂のオケと、その違いのなんと唖然とすることか。そのどちらにも身を置いているぐすたふくんとしては、なんとも複雑な思いですが。

で、大曲二曲プロの今回、このラインアップで満員になる、というところがまず凄い。昔だったら、(少なくとも僕がここの定期に通い始めた2004年・2005年ごろだったら)、まずそんなことあり得ない。がらがらですよ、きっと。これが、上り調子の証。演奏が上り調子、客が入る、曲が冒険できる、音楽的にさらに充実する、の好循環。一方、下り調子の方は、良い演奏をしているのに客が入らない、集客名曲路線に走る、マンネリズムに陥る、の悪循環。なんかなあ・・・

まあ、今日の記事なんやから、京響の好調さを素直に喜ぶべきでしょう。広上さんも、気分よくさらにぶいぶい言わせて頂きたいものだし、いまや実力関西一とまで言われ、市長もバックアップ万全、極めていい感じなんだから、長期政権を見据えて、今日以上に挑戦的なプログラミングを組んでもらいたいものでありまする。

ただ、正直なことを言わせてもらえば、バルトークのオケコンを聴いているときには、ちょっと不満でした。というのも・・・・とにかく、この曲での京響ストリングセクションの響きが貧弱極まりない。曲のせいなのか、とも思ったが、ぐすたふくん、この曲、ライブで何度も聴いていて、それこそセンチュリーでも聴いているんですよ。その時の記憶と照らし合わせ、12型のセンチュリーがあそこまでの音を出していたというのに、京響は16型のくせして(プログラムで見る限りは15-13-12-8-7の人数をカウントしましたが)この程度の音か、とげっそりしていたほど。聴きながら、「今日の記事は、ああ、たとえ将来大阪のオケが絶滅したとしても、僕はきっとここの弦の音に満足することは無く、その時には大阪の弦の響きをただただ懐かしみながらこの場に身を置くことになるのかもしれない。それは、どんなにいい女に巡り合ったとしても、過去に最も愛した女性のことを決して忘れられず、過去の女の温もりを反芻しつつ今の女と寝ている、そんな男の心に近いのかもしれない、とでも書くことになるのかな」と思ってたんですよね(なんちゅう言い方や(^^;;))

ところが、後半のブラームス/シェーンベルクがオケコンを上回る充実した響きと熱い演奏で・・・・こうして見ると、オケコンは、はっきり「前座」だった、ということですよね。まあ、こんなことができるなんて、流石は今の京響、だわ。

ぐすたふくん、このブラームス/シェーンベルクの曲、今回が初めてだったのだけれど、ブラームスの曲でもなければ、シェーンベルクの曲でもない、不思議な存在感をもった曲。旋律はブラームスのそれで聴きなじんだ魅力的なもの、その一方で響きがまた豊潤に鳴る耳に心地よい魅力的なもの、というそれこそ「良いとこどり」。「オーケストラを聴く」という楽しみを存分に味わう事ができる、という意味で、極めて優れた良い作品だと思いました。しかも、打楽器が盛大に活躍する4楽章の演奏効果がまた絶大で、「終わりよければすべてよし」のコンサートピースとして言うことが無い。実際、京響の演奏もこの4楽章、爽快かつゴージャスに聴かせ、終演後にはそれこそブラボーの嵐。ぐすたふくん、スタンディングしてもいい、と思いましたもん。でも、前から7列目だったので流石に恥ずかしくてやめましたけど(笑)。

この曲の旨みを教えてもらった今日の京都の聴衆は、幸せだと思います。

でも、オケコンを凌駕する演奏にこの曲を仕上げてくるあたり、やはり広上・京響、恐るべし、と素直に脱帽しておきましょう。ぐすたふくん、来季もマチネで続けますからよろしく、と書きたいところですが・・・・広上さん、マチネは一回だけとはあまりに酷い!!

仕方が無いなあ・・・広上さんの金曜の2回(7月と1月!!)は、大阪からはるばる通いましょうかねえ・・・
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

ぐすたふさま こんんばんは

ブラームスと距離を置く私としましては、前座にどうしてバルトーク、でありましたが、ブラームス=シェーンベルクは大成功のようで、なによりなにより。

私のコンサート通いも、強強弱、京響弱でありますが、今年は弱の年として、本当に自重します。たぶん来年の幻想から復帰でしょうか。

とはいえ、コンサート抜きの梅田であたり、またはコンサートの前後などに、お目にかかることができれば、まことにありがたいことと。

古都百話(京都百科) | URL | 2012-03-26(Mon)01:15 [編集]


追伸です。

じつはこの日の公開ゲネプロ、ゲネプロの時間ならば行ける、とばかりにハガキで応募していたのですが落選していまして、京響のブログの写真を確認すると、公開ゲネプロはブラームスをやったようですね。

自信ある方を見せたのでしょうか。

古都百話(京都百科) | URL | 2012-03-26(Mon)01:27 [編集]


Re: タイトルなし

京都百科さま、こんばんは。

> 公開ゲネプロはブラームスをやったようですね。
>
> 自信ある方を見せたのでしょうか。

そうかもしれません。というより、この曲、広上・京響にうってつけの曲、と聴きましたから、きっと広上さんも満を持して、という感じで披歴されたんじゃないか、と想像します。広上さん、こういう知的で、それでいて華麗で、なおかつ品格を失わない曲を、良い塩梅に絶妙に仕上げてくるのがホントに巧くって、感心してしまいます。確かにオケコンの方も巧く仕上がっては居たんですけれど、プラスアルファ、熱さが加わっていた分、ブラームス/シェーンベルクの方に軍配が上がる。この「熱さ」は、ブラームスに由来するもの、と聴きましたから、まあ、ブラームスに素直に脱帽しておこう、と思います。

> とはいえ、コンサート抜きの梅田であたり、またはコンサートの前後などに、お目にかかることができれば、まことにありがたいことと。

いえいえこちらこそ。次回の京響のマチネのあたりなどいかがでしょう?いつもの、烏丸の隠れ家ホテルのラウンジで待ち合わせなどいたしましょうか?

ぐすたふ369 | URL | 2012-03-26(Mon)22:25 [編集]


承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

| | 2013-11-03(Sun)06:53 [編集]


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。