不惑わくわく日記

大阪でコンサートをあさっています。

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ストラヴィンスキーのヴァイオリン協がこんな曲だったとは・・・京響定期

どれをとっても素晴らしい演奏だったけれど、とりわけヴァイオリンが印象的。

京都 京都コンサートホール
京響第554回定期演奏会
井上道義指揮 京都市交響楽団
ヴァイオリン独奏 郷古廉
ストラヴィンスキー:ハ調の交響曲
ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲二調
ストラヴィンスキー:3楽章の交響曲

オール・ストラヴィンスキーという挑戦的なプログラム。プレ・トークで道義さん、「今はこんなプログラムでもお客さんが一杯になるようになったので、こんな曲やらしてもらってます。有難うございます」とのたまっておられましたが(そんなこと仰らずとも、とも思いましたが)、いえいえ、「京響で」「こんなプログラムだからこそ」わざわざやってくる聴衆が居るんですよ、僕のように。

少なくともぐすたふくんにとっては、今シーズンで最も期待に胸膨らませて臨んだ演奏会。そしてその期待に違わぬ演奏。さすがは、今の京響、です。

最初の「ハ調の交響曲」からして、京響サウンド全開。鋭角的でクリアなサウンドを聴かせ、この「20世紀風バロック組曲」、こんなに面白い曲だったっけ、と思いながら聴いてました。ハ調という調性から演繹される最大限の明るさ、それそのものを指向したエンターテイメント作品だったんだ、ということを初めて感じられたように思いまする。正直、いつもCDで聴いてる分には退屈で面白くなくって、今日も実は3曲の中では最も期待してなかったんだけれどなあ。やはり、演奏がそれだけ良かった、ってことなんでしょう。

そして、メインの「3楽章の交響曲」はもう、申し分のないゴージャスなもの。これぞストラヴィンスキーというような変拍子のリズム細胞で構成されたこの難曲、それを一切の無駄な演出を排し、その幾何学的美しさを一直線に現出させた見事なまでにカッコイイ指揮ぶり、さすがは井上道義、です。で、実際に鳴る音がそこでもたもたしてたらどうしようもないわけで、それをきっちり決めた京響もエライ。この曲、ぐすたふくん大好きで大好きで・・・・ライブでこの曲を聴ける愉悦、その幸せ、ただただ満足でした。最後の一音を振り終わった瞬間、道義さん客席をどや顔で振り返ったけど、まあそれに値する出来。まさに、降参、です。

で、ここまでで一旦文章を切ります。京響のこと、道義さんのこと、そのことは充分に書きたかったから、ここまで書きました。でも、今日の演奏会の一番は、僕にとってはソリストなんです。その気持ちを前面に出してしまうと、せっかくの二つのシンフォニーのことがおざなりになってしまうような気がして・・・・それでは、あんまりだと思ったんですよね。だから、まずひとまず文章を纏めよう、と思ったんです。

改めて、ヴァイオリン協奏曲のことを書きます。

申し訳ないけれど、今日の二曲目のコンチェルトは、京響は添え物、だったです。確かに、軽妙・洒脱な色どりを十二分に添えていたという点で、京響の演奏にも魅力は充分以上にあったとは思います。ストラヴィンスキーのこの曲、本当はそういう曲、だと思うんです。言っちゃ悪いが、それほどの深みのない、演奏効果を指向した、娯楽的作品。ヴァイオリン協奏曲っていうのは、そういうもんでっしゃろ?、これでどないだす? てな態度で書かれた作品。僕はそう思っていたから、この曲はあまり好きじゃなかった。前に諏訪内さんのソロで聴いたときも、熱演する諏訪内さんと、実際に出てくる音や曲の有り様とのギャップに違和感ばかりが先に立ち、決して愉しめなかったし、これといって感じるところもなかった。なんでこんな曲やるんだろう、とも思ったことを思い出す(前の記事:http://www.geocities.jp/ronronrinrin/2004concertreview.html#040528;奇しくも、前回の大植さんの「春の祭典」の次の大フィル定期がこの曲!!)

ところが・・・思わず聴いている途中で、ぐすたふくん、ソリストのプロフィールを確かめるために、プログラムを開き直しました。そうせずにはいられなかった・・・・1993年12月生まれ・・・なんとまだ18歳になったばかり!!

これから僕が書くことは、この若いソリストにとってはお笑い草かもしれない。彼がもし、この文章を読んだなら、その眉目秀麗な顔に憐れみの表情を浮かべ、何も知らない馬鹿が馬鹿なことを書いている、と吐き捨てるかもしれない。

でも僕は、「厳粛」とでもいう他のない、その徹底的に厳しい演奏に・・・まるで、バッハの無伴奏を弾いているかのようなストラヴィンスキーのソロパートに・・・どうしようもなく引き込まれた。彼の、内へ内へと凝縮していくエナジーの紅く鈍い炎を凝視するうち、僕の耳の前景にはヴァイオリンの音が巨大な塊となって屹立し、オケの音は周辺やその背後に後退していく・・・・この曲って、こんな曲だったんだろうか?僕はとんでもない間違いをしていたのだろうか?僕は、この曲の何も聴けてはいなかったのか?

ただ確かなことは、このヴァイオリニストが、生まれついてのソリストだ、ということだ。それもただのソリストではない。往年のシゲティのような、孤高の高みにまで昇ろうとする、峻烈な激しさを秘めた魂。ここまでの若いヴァイオリニストが、しかも男性のヴァイオリニストが、日本に居たとは。

演奏が終わって、道義さんが言う「去年の3月、彼は宮城県多賀城に住んでまして・・・・電話をかけても繋がらない、繋がらない・・・・そんで、彼は12時間かけて金沢までやってきて・・・そして最初にしたことは・・・・1週間ぶりの風呂に入った!!・・・・生きてて良かったです!!」

彼は神に選ばれた子、なのでしょう。

黒川侑21歳、郷古廉18歳・・・・この二人、決して忘れますまい。
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コメント


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ぐすたふさま こんばんは

行かなかった(行けなかった、と微妙にちがうわけですが)コンサート、記事で拝見、いつものことながら、ありがとうございます。

例によって井上道義アレルギーのないではない、わたくしではありますが、井上さんが定期的に京響に来演して、要所で

 !どや顔!

を奮発してくれることを、京都と京響にとってありがたいことだ、と深くふかく感謝するものであります。

ことのついでに申し上げますと、井上氏が本当に市長選挙に立つならば、全身全霊をもって応援に打ち込みたい、と思う者であります。

古都百話(京都百科) | URL | 2012-02-20(Mon)22:54 [編集]


Re: タイトルなし

京都百科さま、こんばんは。この記事にコメントしていただけるのは、京都百科さましかおられない、と言う事実が、淋しい限りです。

いまや、評論家筋では、関西一、とまでいわれるまでになった京響だというのに(一応言っておきますが、ぐすたふくん、決して大フィルを裏切ったわけではありませぬ)、聴衆がいつまでたってもクールなのは、なんでなんでありましょうねえ。

やっとこさ、定期演奏会が満席に近い状態が続くようになったのは確かに進歩ではありますが、いまひとつ盛り上がらない会場の雰囲気。

「大阪やったら、大植英次が出てくるだけで、空気が変わりまっせ、あなた。道義さんが出てきたら、まってました!って声が掛るくらいのレスポンスがあってもいいでっしゃろ。広上さんなら、そらもう、われらがヒーローぐらいのレスポンスがあってしかるべきちゃいまっか」と思うのはぐすたふくんだけでありましょうか(笑)。もっと熱くなって欲しいものではありまする。

でもようやく、演奏終了と同時にカーテンコールガン無視で、潮が引くように席を立つ、「京響終演現象」は鳴りを潜めてきたようではありますが(笑)。

>
> 例によって井上道義アレルギーのないではない、わたくしではありますが、井上さんが定期的に京響に来演して、要所で  !どや顔! を奮発してくれることを、京都と京響にとってありがたいことだ、と深くふかく感謝するものであります。

いや、もうあの「どや顔」、いいです。いい。ホントにいいです。なぜ、京都百科さん、道義さんがダメなのでしょう?そこが、京都百科さんと私の、最大の趣味の違いなんですよねえ。

> ことのついでに申し上げますと、井上氏が本当に市長選挙に立つならば、全身全霊をもって応援に打ち込みたい、と思う者であります。

これは、全く同感であります。

でも、私は京都府民ではあっても、京都市民ではないんです。残念であります(^^)

ぐすたふ369 | URL | 2012-02-22(Wed)23:20 [編集]


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