不惑わくわく日記

大阪でコンサートをあさっています。

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2011年の最後に、カラヤンのベートーヴェンを聴きながら

ベートーヴェン 交響曲全集・序曲集
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
録音 1975-1977

大植さんの演奏を聴くと、それこそもう一度その体験を反芻したい衝動にそのあと数日さいなまれることになる。それがかなわないから、他の演奏をとっかえひっかえ聴くことになるのだけれど。

うちにある第9といえば、ラトル・ウィーンフィル、バレンボイム・ベルリンシュターツカペレ、ジンマン・チューリヒトーンハレ、ノリントン・ロンドンクラシカルプレイヤーズ、チェリビダッケ・ミュンヘンフィル、コンヴィチニー・ゲヴァントハウス、イッセルシュテット・ウィーンフィル、そしてカラヤン・ベルリンフィルの1962年録音のレコード。

レコードは簡単には聴けないものだから、iTuneにとりこんであったカラヤン以外の演奏をそれこそ片っ端から聴いて行きました。聴くだに、昨日の演奏を反芻し、そしてその違いからそれぞれの演奏の美点を味わい・・・そんな一日。

で、そんなこんなしているうち、ついついiTuneを検索。そしたら、どうしてもカラヤンの1977年の録音が聴きたくなってしまい・・・ついつい、全集もろともダウンロード。あああああ、4500円が一瞬でぱああああっと・・・いつもながらの、極道ぐすたふくんの後先考えない衝動買い、でありますな。

いやでも、この演奏の何というゴージャスなことだろう。1970年代のクラシックのメインストリーム、それはこういう匂いと触感だったんだ。

1977年って言えば、僕は丁度14歳。ああ、偶然にも中学三年生の時!!でも、この新録音は高くて買えなかったんだろうなあ。1962年盤を買ったところだった、っていうのもあっただろうし。

この全集のことは、学校の図書館の雑誌棚にあったレコード芸術の特集記事で読んだのを憶えている。記者が、録音場所のフィルハーモニーホールに行ったら、ベースが8本も居たが、欠席した人間のことをマネージャーが尋ねていた、と言うくだりを妙な鮮明さで記憶している。なんで、こんなこと憶えてるんだろう?

その記事を読んでいたのは、学校の雑誌閲覧室。この記憶の僕の視界には、曇った空が広がっている。図書館の高い天井と、本の匂いと、そしてストーブの石油の匂いと。

カラヤンは、やっぱりその頃の僕にとってはスーパーヒーローだった。新譜が出れば、記事には必ず目を通していたけど、お金のない中学生にとっては、新譜は高根の花だったからね。

今の僕が、そんな中学生の僕が渇望していた演奏を、ひょいっとダウンロードして聴いてるんだなあ。

今、ヘッドホンからは、カラヤン美学炸裂の豪華絢爛たる演奏の奔流。これはこれで、何と魅力的なことだろうか。そんな演奏を、聴きたいと思ったら、自宅にいままにしてすぐに聴くことができる、そんな時代になるだなんてそのころの僕には想像もつかなかっただろう。

でも、今この演奏を今の僕が聴いたって、そこには、あの時にあの時の僕が聴くことができた場合の、その何分の1の価値しかそこには無いような気がする。

聴いているだろうか、中学生の僕。時間もなく、お金もないけれど、想いばかりは大きく、それを必死で追いかけるだけで幸せだった君に、今の僕からささやかなプレゼントができたなら、うれしい。

もうすぐ年が変わる。不惑40代、最後の年が始まる。
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コメント


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おお、その第九

ぐすたふさま あらためまして新年のごあいさつを

その1977年の第九、すこしも忘れてはおりませんよ。その前後だけ数年間、レコ芸を毎号買っていたはずですので、その記事もまだ家にあるかもしれません。雑誌中ほどの極薄のアート紙に白黒写真のあるページ。記事は西村弘治だったのでは。いろいろ、いろいろ、いろいろありましたが、西村さんの記事は、とくにセルの評価など、いまでも悪いものではなかったと。

さてこのレコード、私は終楽章だけ、発売直後に藁科雅美さんのNHK-FMクラシックリクエストで聞きました。以後この一枚は、あらゆるカラヤンのレコードの中で、私にとっては唯一の例外の一枚となりました。

しかし暖かいあたたかい藁科さんは、この滑らかさの限りをつくした演奏(楽友協会合唱団はいささかそうではないが)のあと、番組の最後の数分で、小品をかけたのですね。

・・・それでは残りました時間、イエルク・デムスの演奏で6つのバガテルから変ホ長調・作品126の3をお聞きいただきましょう。この演奏は、1970年にベートーヴェン生誕200年を記念して、ボンのベートーヴェンハウスで行われた演奏会の実況録音で、デムスはピアノではなく、ブロードウッドのハンマーフリューゲルを弾いています。この楽器はベートーヴェンが実際に使用していたもので、この日のためにブタペストから運ばれたものなのですね。そのやわらかい響きをお聞き下さい・・・

といった感じでしたねえ。昨日のようです。ああ、いままで聞いてきた第九について、あれこれ書きたくなってきました。新年なのに。

古都百話(京都百科) | URL | 2012-01-10(Tue)00:04 [編集]


Re: おお、その第九

京都百科さん、こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。

> その1977年の第九、すこしも忘れてはおりませんよ。その前後だけ数年間、レコ芸を毎号買っていたはずですので、その記事もまだ家にあるかもしれません。雑誌中ほどの極薄のアート紙に白黒写真のあるページ。記事は西村弘治だったのでは。

いや、そこまでは憶えておりませぬ。さすがは京都百科さんですね。

> さてこのレコード、私は終楽章だけ、発売直後に藁科雅美さんのNHK-FMクラシックリクエストで聞きました。以後この一枚は、あらゆるカラヤンのレコードの中で、私にとっては唯一の例外の一枚となりました。
> しかし暖かいあたたかい藁科さんは、この滑らかさの限りをつくした演奏(楽友協会合唱団はいささかそうではないが)のあと、番組の最後の数分で、小品をかけたのですね。

何と懐かしい!!藁科さんの、あの独特の語り口、今でもまざまざと思い出しまする。

あのころ、私も、たくさんの、たくさんのことを、藁科さんから教えてもらいました。

30年という月日が経ったということ、思えば思うほど、あの時の気持ち、あの時の匂い、あの時の感触をどうしようもなく求める自分が居るのがわかります。

これを、やはり感傷、と呼ぶのでしょうね。

ぐすたふ369 | URL | 2012-01-10(Tue)00:57 [編集]


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