不惑わくわく日記

大阪でコンサートをあさっています。

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大植・大フィルの第9~まるで第9の別バージョン~

いやまあ、何と申しましょうか・・・・大植英次、炸裂、と言ってよろしいのでは。

大阪 ザ・シンフォニーホール
大フィル第9シンフォニーの夕べ
大植英次指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団
ソプラノ スザンネ・ベルンハート
アルト カロリン・マズア
テノール トーマス・クーリー
バリトン アンドレアス・バウアー
合唱 大阪フィルハーモニー合唱団・大阪音楽大学合唱団

正直言って、27日に広上・京響で聴いたばかりの同じ曲とは思えないですね。まるで、ブルックナーのある交響曲のノヴァーク版第3稿と第1稿を聴いたみたい、といっても言い過ぎではないような気すらしてます。

正直、この曲、こんな曲だったけ?こんな音が鳴ってたっけ?、の連続。第9なんて、これまで耳にタコができるくらい聴いてきた曲。ここでこんな音が鳴って、ああなってこうなって、って身に沁みついてると言ってもいいくらい。それこそ頭の中で鳴らそうと思えば、いつでも鳴らせますよね。ところが、ところが・・・・スコアを、今日の演奏をもう一度聴きながら、詳細にチェックし直したいくらいなのだが、残念ながらそれは不可能ですよねえ。

なんでぐすたふくんに今日の演奏がそう思わせたか。それは、ひとえに特異なオケの配置によるところ大。大フィルのブログにも書いてあったが、実際に目に、耳にしてみると、まあ想像以上のもの。

まずストリングセクションからして、なんやこれ!こんな配置見たことないで!!・・・でんと指揮者の正面にチェロ、その後ろに横一列にベース。そしてそのチェロを挟んで二群のヴィオラ(というより、ヴィオラがチェロで分断されてるといった方がいいかしら?)。その二群のヴィオラをチェロと挟むようにして、ファーストヴァイオリンとセカンドヴァイオリンが対向配置でにらみ合うという格好。

そして、管セクションも二群に分かれて、左右のヴィオラの後ろに座すような配置。左群は、ホルン4本が最も右に位置し、その音をもろにかぶるようなところに木管群。その後ろに打楽器群(4楽章用の)。右群は、ペット二本とその後ろにボーン3本、その左にティンパニ。

そんなもんだから、二群の管楽器群が、舞台の端と端に遠おおおおく離れてしまってるわけですよ。そら、違う音がしますわねえ。

しかし、この編成が生むアンサンブルの取りにくさといったら、半端じゃないです。そんなもんで、今日は最初から最後まで、コンマスの長原君、獅子奮迅の大活躍(何回椅子から腰を浮かせただろう?)。それのみならず、オケ全体が異様な緊張感に包まれているのがこちらにもひしひしと伝わってくる。オケ全員、まるで初めての曲をやってるようなもんやったんでしょうねえ。なじみの曲、というようなルーティーン感は微塵もなく、それこそ下手したら崩壊するで、というような危機感すら漂ってます。実際、4楽章の弦楽器の二重フーガになる直前のところなど、ああああ止まる止まる!とかなり危なかったですもん。まあ、大植さんもオケも必死になんとか持ち直しましたが。

その緊張感が、まるで大学オケの入魂の定期演奏会のような熱演を生むのだから、音楽ってのはホントに分からないもんです。

合唱は、感心するほど秀逸。京響市民合唱団には申し訳ないが、一枚も二枚も上手です。しかし、この合唱の配置も独特で、後列2列に男声がテナー・バスと一直線に横に並び、その前に女声がソプラノ・アルトが並ぶという配置。そして、その合唱を背中に、ソロ4声がオケを見降ろすように屹立する。

この配置が最も効果的だったのは、4楽章で声楽がはいってくる、あのバリトンのレチタティーボから、その呼びかけに応えて男声が「Freude!!」とやるところ。それこそまるで、労働運動・共産主義のシュプレヒコールを見てるみたいな演劇的効果、大でしたね。

ソロ4声が合唱を直接背中に背負ってオケを見降ろすというのも、まるで天使が民衆を引き連れて進軍してくるかのような印象を与える。こういう演劇的効果、これもまた、この曲が歴史的背景から本来有していたものだったよね、と思う時、通常これまでの日本での第9の公演では得られなかったようなものが、今日ここに再現されていることに気付く。いやあちょっとしたことでもここまで印象が変わるもんなんやなあ。

ソロ4声も、それぞれが声を張り上げて主張しあうというものではなく、それこそ一つのユニットとして機能するようなアンサンブルと響き。そして、全員がドイツ人であることに気が付くと、来年が日独150周年であることと明瞭に関連していることに思いが至る。

第9の前には、ドイツ音楽の権化と言うべきバッハをバックに葦笛が和そのものの音を飛翔させつつ、アリアの鎮魂の響きで震災の記憶を呼び戻す。そして、大植さんの目の前に置かれた小さな台の上にある写真は、予想どうり御大のもの。それを掲げて、口づけさえして見せる二代目監督にとって、これが最後の第9。

ああ、大植英次、あなたは今回の公演のために、それこそ山のようにいろんなことを考えて、山のように準備をして臨んだんですね。何という人なんだろう、あなたという人は。

コーダの怒涛のプレスト。四方八方からのブラボーの嵐・・・そして、合唱団が退場するその時に再び現れた大植さんに、帰りかけていた聴衆は足を止めて舞台に向き直り、久しぶりの一般参賀。温かい拍手と、そして笑顔と。

大植英次、僕はこの9年間、あなたと大阪で、大阪の聴衆と一緒に、ここに居させてもらって、音楽を分かち合うことができて、本当に良かった。最高の時間だったと思います。

こころから、有難う、と言わせてください。

追記:
実は僕の席は今回、1階のど真ん中。僕の左には、朝比奈千足氏の御大そっくりのお顔。そして、右にはおそらくはドイツ大使館の方々。後ろには、小野寺前事務長・・・・その一角では、みな互いに挨拶をかわしていたから、そういう場所だったんでしょうねえ。そんなとこに今日座らせてもらって、なかなか感慨深いものがありました。

今日は、ファイナルコンサートの曲目のアンケート用紙が配られていたけど、演奏を聴いた後では、「復活」と書くのが躊躇されてしまいました。そんな安易なもんじゃないんじゃないかなあ、と思われて。

むしろ、もっと思い出としてふさわしい曲があるんじゃないかな、と。定期で一番感動した曲、定期で一番大植さんに相応しいと思った曲。おおさかクラシックで、泣いて笑った曲・・・・大曲1曲で終わってしまう、そんなコンサートより、あの曲・この曲、というプログラミングができる曲達の方がいいんじゃないかしら?

今は、そんな気がしています。
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コメント


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おひさしぶりです。
僕も第9シンフォニーの夕べに行ってきました。
拙文ですが、感想はこちら。
http://hccweb6.bai.ne.jp/waiwai/concert2011.htm

わいわい | URL | 2011-12-31(Sat)14:44 [編集]


Re: タイトルなし

わいわいさん、こんにちは。こちらこそ、お久しぶりです。

ご感想、拝読しました。私も、いつもの年とは違う思いでこの第9に臨みました。みなさん、一緒だったでしょう。

それを解った上での演出だったでしょうし、わいわいさんも書かれているように、演奏の出来としてはかなり傷が多かったことは事実だと思います。

でも、「演奏会」といううもの、「聴衆と演奏者が一つになる祝祭空間」でもあるとするなら、かけがえのない優れた「演奏会」だったと思います。

来年に思いをはせつつ、今年という時間に、黙礼。

ぐすたふ369 | URL | 2011-12-31(Sat)15:08 [編集]


ぐすたふさん

自分も行ってまいりました。
すごい集中力でしたね。
確かに,特に木管陣が音が取りにくかったのではないのかな,と思ってしまいました。
今回,一緒に行った人が,途中泣き出してしまいました。
すごい音楽を聴いたと。
第4楽章は,合唱のうまさと重なってほんと感動的でした。
フィナーレは,なりふりかまわぬ,安全運転しないところが
すごかった。崩壊するのではないかとひやひやしましたが,
そこは,監督の9年の訓練の成果でしょうか。

フェスティバルホールの最終公演にも行きましたが,
そのときとは感動の質が全く異なるものでした。

本当に,監督が退任すること残念でならないです。

けんちゃろ | URL | 2011-12-31(Sat)15:23 [編集]


Re: タイトルなし

けんちゃろさん、こんにちは。コメントありがとうございます。あの時間、ご一緒出来たこと、素直に感謝した

> すごい集中力でしたね。

この集中力を生むためにわざわざ演奏を困難にしたわけではないでしょうけれども(笑)。でも、吉松隆の新刊(「運命はなぜハ短調で扉を叩くのか」)に、「春の祭典」を評して、「この曲は、無理やり難しくしていると言えそうなスコアだが、それは一瞬たりとも油断できない究極の緊張感の中にオーケストラを叩きこむ。そのストレスこそが、あのエネルギーを生むのである」との文章があって、まるでこの文章のような演奏だなと思ってました。

> フィナーレは,なりふりかまわぬ,安全運転しないところが すごかった。崩壊するのではないかとひやひやしましたが

いや、ほんまに。1日目のライブ放送も実は聴いていたのですが、1日目は最後のコーダが完全にあちゃちゃあ状態になってましたもん。一体これは、なにが起こったんやろう、と思っていたところが、翌日実際に会場に身を置いてみたら、これやったんか・・・と納得した次第であります。止まりそうになった時には、思わず客席で身をよじってしまいましたが(笑)。

> そこは,監督の9年の訓練の成果でしょうか。

いやもう、この演奏を存在為さしめたのは、大植さんと大フィルの「絆」以外のなにものでもないんじゃないでしょうか。

> フェスティバルホールの最終公演にも行きましたが,
> そのときとは感動の質が全く異なるものでした。

同じ曲で、まったく違う「演奏」を成立させてしまう、まったく「演奏会」も成立させてしまう・・・・やはり、「なにわのストコフスキー」の称号を改めてお送りさせていただきまする。

> 本当に,監督が退任すること残念でならないです。

でも、ある意味、退任する、ということが無ければ今回のような奇跡も起きなかったわけで・・・そこらへん、策士大植英次は、十分にわきまえておられるのだろうと推察いたします。

ぐすたふ369 | URL | 2011-12-31(Sat)17:32 [編集]


 明けましておめでとうございます。今年もコンサートのレポート、楽しみにしています。
 僕も30日に聴きに行きました。しかもクワイヤ席からです。前日にFMで聴いて、かなり凝った配置だとは聴いていましたが、まさかこんな風になっていたとは・・・です。
 オケの集中力は尋常ではないもので、セカンドの田中さんがほとんど鬼の形相で監督を睨み付けながら演奏しているのが印象に残りました。このオケと監督の信頼関係は、僕の考えてるような生易しいものではないことを思い知らされました。

ヒロノミンV | URL | 2012-01-03(Tue)13:18 [編集]


Re: タイトルなし

ヒロノミンVさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

>今年もコンサートのレポート、楽しみにしています。

恐縮です。

> 僕も30日に聴きに行きました。オケの集中力は尋常ではないもので、セカンドの田中さんがほとんど鬼の形相で監督を睨み付けながら演奏しているのが印象に残りました。

いやまあ、あの緊張感には圧倒されましたねえ。セカンドなんて、多分、普段聴いているオケの他のパートの音が全く聞こえなかったと思います。大植さんがどこかで、「ベートーヴェンは第9の初演の時は、耳が聴こえなかった。この配置は、聴くのじゃなくて見て合わせるという配置」とかなんとか発言されていた文章を読みましたが(記憶はあいまいなので、少々違っていたらご容赦を)、何いうてはんねんな、冗談じゃないと思った人も居たんじゃないでしょうか。それでも、何とかして演奏しきるのがプロ根性てなもんなんやろなあ、と妙に納得してたりしますが。

ところで、ヒロノミンさん、一度会場でお会いしたいです。よろしければ、ご配慮ください。

ぐすたふ369 | URL | 2012-01-03(Tue)16:51 [編集]


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| | 2012-01-03(Tue)22:33 [編集]


Re: ありがとうございます

音楽室の連絡先アドレスが、あまりに使わなかったので使えなくなってました。

もう一度、設定し直しましたので、よろしくお願いします。

ぐすたふ369 | URL | 2012-01-04(Wed)20:26 [編集]


いやいや、すごい第9でしたね。
私はFM中継のあった29日のほうに行きましたが、もうオーケストラがお互いの音を聴くのに必死の様子でした。フィナーレはもう崩壊しながらなだれ込んだという感じでしたね。

大植さんとお話をしたら、なんでも初演のころは楽器の制約で第3楽章と第4楽章の間でティンパニを交換しないといけなかったらしく、その間10分くらいは必要だった。だから、第4楽章にアタッカで入るなんてことはできなかったはずだし、今回もそこで合唱を入れるのが自然なのではと思った、みたいなことをおっしゃっていました。初演されたウィーンのケルントネル門劇場は、今のホテル・ザッハーのところにあったのだとか、マシンガントークで興奮されていました。

自筆譜のフォトコピーも見せていただきましたが、「ベートーヴェンは第9なんて書いていない、見てください、単にSinfonieと書いてあるだけですよ」なんていっておられました。

かなりの興奮具合でしたね。
そもそもフィナーレを振り終えた瞬間、どうやら酸欠状態で手すりによりかかってはりましたし・・・

そこぬけ | URL | 2012-01-06(Fri)09:05 [編集]


Re: タイトルなし

そこぬけさん、お久しぶりです。コメントいただき、恐縮です。

> いやいや、すごい第9でしたね。

全く同感です、はい。

> 私はFM中継のあった29日のほうに行きましたが、もうオーケストラがお互いの音を聴くのに必死の様子でした。フィナーレはもう崩壊しながらなだれ込んだという感じでしたね。

FMで聴いていても、完全に崩壊していました(笑)。これを聴いた、全国のリスナーは、一体大フィルをどう思ったでありましょうか?

> 大植さんとお話をしたら、なんでも初演のころは楽器の制約で第3楽章と第4楽章の間でティンパニを交換しないといけなかったらしく、その間10分くらいは必要だった。だから、第4楽章にアタッカで入るなんてことはできなかったはずだし、今回もそこで合唱を入れるのが自然なのではと思った、みたいなことをおっしゃっていました。

いや、私も今回のやり方の方がいいなあ、と思いました。もともと、1楽章から3楽章までと、4楽章は違う曲だったわけですし、それを無理やり繋ぎ合せて一つの曲にベートーヴェンがしてしまったという成立からしても、妥当なやり方ですよね。

>初演されたウィーンのケルントネル門劇場は、今のホテル・ザッハーのところにあったのだとか、マシンガントークで興奮されていました。
> かなりの興奮具合でしたね。

いやあ、あそこまでのことをやろうと思ったら、それこそアドレナリン全開でしょう。

来年、東京でやる第9では、こんなことは到底できないでしょうし、大阪への置き土産、と言う感じなのかなあ、と思ったりしています。

ぐすたふ369 | URL | 2012-01-06(Fri)22:52 [編集]


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