不惑わくわく日記

大阪でコンサートをあさっています。

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愛国心とは、感傷にあらず・・・大フィル定期

日本の状況を鑑みるに、国を愛する気持ちというもの、あだやおろそかなものではない、そう覚悟せよ、と言われているように思えたのは、ぐすたふくんだけでしょうか。

大阪 ザ・シンフォニーホール
大フィル第452回定期演奏会
ラドミル・エリシュカ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団
スメタナ:連作交響詩「我が祖国」全曲

大フィルの宣伝文句ではないが、前回のグラゴールミサの衝撃的な演奏(まさに「血」を感じる、といって良いようなもの)の記憶が生々しいこの「遅れてきた巨匠」、一体どんな「我が祖国」になるのか、まさに興味津々だったのだけれど・・・・結論から言えば、全く奇を衒うところのない真っ正直な演奏。その一方で、そこに感じられる「絶対的存在感」。それが、揺るぎない愛国の情、その人の出自そのものに由来するものであるのならば、ここまでのものを、私たち日本人がはたして現在持ち合わせているものかどうか・・・・そんなことを想いながら聴いていました。

我が祖国全曲は、以前、コバケン・大フィルで一度聴いていて、それはそれで圧倒的な熱気と濃厚な表現に気圧される、感動的な名演だったのだけれど、今日の演奏はそれとはまったく違うもの。比較してみれば、実は驚くほどあっさりした、といっても良いくらい。それは、ひとつには、指揮者が一貫してとる早めのテンポと、くどくないアゴーギグに起因すると思われるのだが、しかし矛盾するようだが、その実、表現の幅は非常に広く、え?この曲こんな曲だったっけ?と思えるほどに、新鮮な響きがオケから立ち上ってくるのを聴くことができる。

いちいち挙げていたらきりがないけれど、たとえば、「高い城」における、弦セクションに対してsfやfz徹底することで得られる、エッジの切りそろえられた音の輪郭だとか、「モルダウ」における、弱音から強奏に至るまで一貫して強固に叩き続けられるリズム、それによって得られる音楽の澱むことのない流れの美しさ。また、「ボヘミアの森と~」での前半とはガラッと変わった中間色のトーンの心地よい肌触り、そしてなにより「ターボル」の、重厚なバスから緻密に積み上げられた、巨大な土色の岩石を思わせる音柱。

こういうのを聴くと、「これこそが本来のこの曲の姿であったのか」と思わされてしまいますよねえ。説得力に満ちた、とはこういう時に使う言葉なのかもしれない。

細かいところでいろいろミスはあったものの、大フィルもかなり良く練習して弾きこんできているという印象で、エリシュカ老の音楽に不足なく応えていたと思います。心からの拍手を送るに、やぶさかではありませぬ。

最後は図らずも、会場総立ちのスタンディング・オベーションとなった今日の演奏会、今危機の真っ最中のこの国に、ひるむことなくやってきてくれた、中欧のマエストロに、感謝。
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コメント


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初めまして

グスタフさん、初めまして。いつも大変感銘を受けつつ拝読しております。同じような感想を持つこともあり、新しいblogがアップされるのを楽しみにしています。先日の大阪交響楽団のブルックナー、交響曲第4番についても是非お話をお聞かせ下さい。

大フィル、私も一日目に聴きに行ったのですが、グスタフさんは今回はどのあたりに御座りになっていたのですか?いつもと違う場所ですか?
確かに良い演奏会で、前半も後半も良かったですが、「最後は図らずも、会場総立ちのスタンディング・オベーションとなった今日の演奏会、」これ、別の演奏会ですよね?(苦笑)
あんなに良い演奏でも、やはり演奏終了と同時に手も叩かずに帰る人がチラホラいるくらいでしたから、どのあたりが立っていたか、よろしければお教え下さい。そういった方々の近くで聴きたいものだと思います。

fighter | URL | 2011-10-07(Fri)03:22 [編集]


Re: 初めまして

こんばんは、Fighterさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

>新しいblogがアップされるのを楽しみにしています。

ありがとうございます。そう言ってもらえると、励みになります(^^)

>先日の大阪交響楽団のブルックナー、交響曲第4番についても是非お話をお聞かせ下さい。

残念ながら、聴きそびれてしまいました。児玉さんの音楽、どうもご縁が無いようであります。

> 大フィル、私も一日目に聴きに行ったのですが、グスタフさんは今回はどのあたりに御座りになっていたのですか?いつもと違う場所ですか?

ええええっと、私が1日目に正面バルコニーから指揮者を凝視しておりますのは、大植さんの回限定なんですよ。私は、二日目の定期会員でありまして、二日ともを全定期でやるだけの財力と根気と時間はさすがにありませぬ(笑)。

> 「最後は図らずも、会場総立ちのスタンディング・オベーションとなった今日の演奏会、」これ、別の演奏会ですよね?(苦笑)・・・・どのあたりが立っていたか、よろしければお教え下さい。そういった方々の近くで聴きたいものだと思います。

私の行った二日目、確かに僕の前、中央通路のすぐ舞台よりの座席で、カーテンコールの途中から立ち上がった人もいましたが、実はですね、「図らずも」と書いたのがミソで・・・・エリシュカ老が袖に引っ込んだのを見届けた長原君が舞台に向かって一礼、オケメンバーが握手を交わして帰りかけ、客席も立ち上がり始めた瞬間・・・なんと、もう一度エリシュカ老が舞台袖から登場!!

あらら、帰るところだったの?・・という顔をしたマエストロに、会場は再びやんやの拍手喝采となって・・・そら、みんな帰りかけで立ち上がってましたから、ほぼ全員のスタンディングオベーションとなったわけなんですよ。なんとも微笑ましい時間でした。

でも、これこそ演奏会会場にいてこそのハプニング。得難い機会だったと思います。

ぐすたふ369 | URL | 2011-10-08(Sat)00:22 [編集]


ぐすたふさま こんばんは

実は、ちょっとだけ行こうかなと思った我が祖国なのでした。ウルバンスキさんともども、なんとも数年前から評判だったもので。(意外と評判に弱いの?)

そんな評判に押されて、昨年か一昨年のN響の我が祖国の部分的な放送も見ていたわけですが、その放送から聞こえてきたのは、お書きのように

・・・弦セクションに対してsfやfz徹底することで得られる、エッジの切りそろえられた音の輪郭
・・・澱むことのない流れの美しさ

だったのですね。たしかに評判どおりでした。こういう方法の演奏こそ、ナマで聞かなくては真価がわからないように思いますが、いささか含みの多い我が祖国が私の理想にはありまして、結局ちょっとでかけるのは遠慮になってしまった次第。しかし例によって、記事拝見して、やや後悔しております。(行くとしたら6日でした)

古都百話 | URL | 2011-10-08(Sat)01:22 [編集]


Re: タイトルなし

京都百科さん、おはようございます。

実は帰ってきて、所蔵のクーベリック・チェコフィル、マタチッチ・ザグレブフィルも聴き直したわけですが、それらに比べれば、遥かに「揺らし」の少ない、ずっと端整なものだったですね。特に、モルダウなど、え?って思うくらいにインテンポ、そして早い!

やっぱり、こんな演奏聴いたことがなかったんだと改めて思いました。ネットで調べると、1963年(私の生まれた年ですが)のアンチェル・チェコフィルの演奏を評して「一聴すると単にザッハリヒなだけに聞こえがちなのだが、実は要所要所をきちっと丁寧に、しかしさりげなく表情付けしており、表現の幅が広い。心して聴けば、とてつもなく雄弁かつ奥深い演奏であることが分かるだろう」と書かれた文章を見つけましたが、こう評するのがぴったりなような気がします。ただ、これにつられてついついiTuneでダウンロードしたこのアンチェルの演奏、聴いてみるとエリシュカ老よりも実はゆったりしたテンポで情感を籠めたもので、エリシュカ老の演奏から感じた「剛毅で」「格調の高い」というものとは少し違うようには思いましたが。

> こういう方法の演奏こそ、ナマで聞かなくては真価がわからないように思いますが、

仰る通りかと。我が祖国、という曲が、ここまで指揮者によって違う表情をみせるとは・・・・・今回改めて驚かされた次第です。

>いささか含みの多い我が祖国が私の理想にはありまして、

ちょっと興味が(笑)。それについて、お聞かせ頂ければ幸いです。

ぐすたふ369 | URL | 2011-10-08(Sat)09:32 [編集]


ぐすたふさま ふたたびこんばんは

とりとめないCD談義に傾きますが、ご容赦ください。

アンチェル、いいです。音色濃いです。
(ところでアンチェルはトロントで亡命するでしょう。音楽関係の本には書いてありませんが、あのトロントには戦前のチェコの靴の工場が、その開明的な経営者によって、工場ごとナチスから逃れて亡命していて、チェコ・コミュニティーがあったのですね(たしかバッチャ社とかいいました)。だからアンチェルの亡命は、他でもないトロントだったのだろうと。完全に余談)

クーベリックなら、これはシカゴ。十字屋で10分区切りのナカミチの試聴プレイヤーで聞きはじめて、結局全曲聴いて、なおかつ買って帰りました。雄大。
(でもボストン盤が一番という人の気持ちも、バイエルン・オルフェオ盤一番という人の気持ちも判る。ナマなら、復帰プラはの春の演奏よりも、その数日後のプラハ野外コンサートでの我が祖国の方が濃かった。それがあるだけに、帰国盤は一番に推し難し。でもゴールド盤で持ってたりしますが)

エリシュカさんはスメターチェク盤が一番近いかも。

モルダウだけならフルトヴェングラーも。
(フルトヴェングラーがどうして録音したのでしょう。スメタナの作曲方法がベートーフェンのそれと通じていたからだ、というのが私の答え。同時期に録音されたリストの『前奏曲』も同様)

ナマのモルダウでは朝比奈1987年正月の演奏が忘れがたし。
(ほとんどライン川)

通しではコバケン・チェコのシンフォニーホールでのもの。この記憶が強くて、今回聞きに行くのを見送ったということもあります。この演奏を聴いたがために、十字屋に無理を言って我が祖国全曲のスコアを発注。スプラフォン(楽譜も出してるんだ!)の楽譜でした。
(こんな演奏会では、アンコールなどありえない、とおもっていたら、コバケンさんも同様だったようで、「このようなすばらしい演奏のあとに、もう何か演奏することはできません。感動は美しい絵のように」としめくくったのがわすれられません。)

京響では2010年、川瀬賢太郎さんのニューイヤーのモルダウがなかなか。
(この人、買いですよ)

古都百話 | URL | 2011-10-09(Sun)02:07 [編集]


Re: タイトルなし

京都百科さん、ふたたびおはようございます。

> アンチェル、いいです。音色濃いです。

そうですね。同感です。

> クーベリックなら、・・・ナマなら、復帰プラはの春の演奏よりも、その数日後のプラハ野外コンサートでの我が祖国の方が濃かった。それがあるだけに、帰国盤は一番に推し難し。でもゴールド盤で持ってたりしますが)

私の持ってるのは、この帰国盤ですが、確かにアンチェルに比べると、クーベリック本人の気合が前に出過ぎて、曲自体の美の前に立ちふさがってる感が無きにしも非ず。ただ、大変な熱演であることには間違いはありませんけれど。

> エリシュカさんはスメターチェク盤が一番近いかも。

サジェスト、感謝です。

> (フルトヴェングラーがどうして録音したのでしょう。スメタナの作曲方法がベートーフェンのそれと通じていたからだ、というのが私の答え。同時期に録音されたリストの『前奏曲』も同様)

ふうむ、ここら辺、流石の洞察、感服です。

> 通しではコバケン・チェコのシンフォニーホールでのもの・・・・・「このようなすばらしい演奏のあとに、もう何か演奏することはできません。感動は美しい絵のように」としめくくったのがわすれられません。)

いい話だなあ。コバケン・チェコフィルの我が祖国も、ひとつは手元に置いておこうかなあ、と思っています。

> 京響では2010年、川瀬賢太郎さん・・・(この人、買いですよ)

川瀬さん、評判は常々(うちの母親が、一聴して、この人は凄い!!と叫んで帰ってきましたから)。まだでも、実際には耳にせず。出会いを楽しみに待ちます。

ぐすたふ369 | URL | 2011-10-09(Sun)09:02 [編集]


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