不惑わくわく日記

大阪でコンサートをあさっています。

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想いよ、届け、ハレルヤ・・・・京響定期

「聖アントニウスの誘惑」が出色

京都 京都コンサートホール
京響第544回定期演奏会
広上淳一指揮 京都市交響楽団
ヴァイオリン独奏 シン・ヒョンス
ショスタコーヴィチ:バレエ組曲第1番
ブルッフ:スコットランド幻想曲作品46
ヒンデミット:交響曲「画家マチス」

ぐすたふ君、精神状態は実はあまりよくありません。このごろ、ほとんど音楽を聴かない。聴く気になれないんですよ。そんなことより、文章を読んでいることの方が多い。できるだけ、遠い世界や時間のことを書いた文章を。

だから、正直、今日の演奏会もどうしようかと思いました。行かないことも考えた。聴くならヒンデミット、ヒンデミットだけ聴くことも考えたです。

でも、広上さんが振ることを思った。東京に家族が居る、広上さんが振りに来ることを思ったんです。行かないわけにはいかないだろうと。たとえ、その音楽が自分の中に焦点を結ばないことがあったとしても、その場所に身を置くことが、僕の努めではなかろうかと。

プレトークの途中から会場入り、舞台には広上さんが立っていて、今日の曲目のこと、ソリストのこと、そして来季のプログラムのことをしゃべっている。いつもと変わらない笑顔。

演奏が始まる。軽妙なショスタコーヴィチ、歌に満ちたブルッフ(ソリストにはあまり感心しませんでしたが)。この音楽に身を浸すことができること、そのことを感謝すべきなのだろうか。それだけでいい、と思うべきなのか。

でも、ヒンデミットは違う。

「天使の合奏」からして、そこに分厚い鋼鉄に似た音塊がぶち込まれ、声部が絡み、軋む。そこにあるのは、ヨーロッパ中世から何百年という歳月、彼らが神を讃えあがめ続けた多声部音楽そのもの。それが、モダンのメタリックな輝きを放つ鎧を身につけて、地の底から召喚されてくる。

そして、その音楽は「聖アントニウス」において、闇と光に分かれて、喰うか食われるかの凄絶な闘いを始める。広上淳一の導く棒は、京響の弦にサタンの哄笑に似た軋みを与え(コーダのフガート!!!)、一方で、聖母マリアの慰撫に似た恍惚を導く(中間部の静かな部分!!)。これほどまでの質感を、ここの弦が現出させたことがかつてあったであろうか?

マッシブなブラスサウンドが、壮麗なハレルヤを謳いあげた時、光は必ず闇を凌駕する、そう信じさせるだけの力がそこに居た皆の心の中に満ち溢れたのではないだろうか。

「この曲が書かれた時、ヒンデミットは不遇でした・・・でもヒンデミットが不遇であったにも関わらず、これだけの音を残したことで、今の私たちが、その音を通じて改めて色々なことを考えることができる。感じることが出来る」

曲が終わってからの広上さんの言葉

「プレトークでは、あえて私は、今の国難、このことについては触れませんでした

「今、演奏会をする、ということに対しても色々ご意見はあるでしょう。

「私は東京に住んでおりますが

「神も仏もない、そんなことも思ったりもします。けれど、

「京阪神のみなさんが、元気でいていただく、健康で文化的で居ていただく、そのことが

「なによりの支援ではないかと、私は思います。

「アリアを演奏しますが・・・・あまりしんみりとはなさらないでください。そして

「思われたことを、素直に表していただければ、と思います」

バッハのアリアは・・・・追悼の音楽では無かったです。そんなものではない。

広上淳一がここに込めたのは、「負けない」という強烈な意思。「こんなもので、音楽は、人間は負けはしない」という信念。

みんな、がんばれ。そして、僕も、また。
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コメント


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ぐすたふさま こんばんは

一概にはいえませんが、何事も・・・

どちらにしても後悔が残るのならば、中止して後悔するよりも、開催して後悔する方が、きっといいのだろうと、これはコンサートにしてもあてはまるのではなかろうかと・・・

そうして関西のコンサートをつづけることで、関東東北の音楽家、好楽家にエールを送れればと思うものです。
(冷静すぎるでしょうか???)

古都百話 | URL | 2011-03-27(Sun)00:44 [編集]


Re: タイトルなし

京都百科さん、こんばんは。コメントありがとうございます。

> どちらにしても後悔が残るのならば、中止して後悔するよりも、開催して後悔する方が、きっといいのだろうと、これはコンサートにしてもあてはまるのではなかろうかと・・・

はっきり、今回のコンサートに関しては「中止を検討した」との張り紙がありました。そこまで考えた京響の態度は、それはそれとして共感すべきかとも思います。

> そうして関西のコンサートをつづけることで、関東東北の音楽家、好楽家にエールを送れればと思うものです。

今日、広上さんの言葉を聴いて踏ん切りがついたような気がします。関西は、普段以上に「普段の生活」を一所懸命にやる、ということだと。

だから、コンサートにも行き、飯も食いに出かける。

そして一方で、義捐金も送ると。

そうしよう、と思っています。

ぐすたふ369 | URL | 2011-03-27(Sun)22:00 [編集]


ぐすたふさんこんばんは。
コンサートに行くのを迷われたお気持ち、すごく良くわかります。
僕も、この2週間、ほとんどまったく音楽を聴いていません。

でも、コンサート行ってくださって、ありがとう。
そしてこうして、広上さんと京響の音楽の力と思いを、みなに伝えてくれて、ありがとう。
ぐすたふさんのエールで、元気がでます。

>みんな、がんばれ。そして、僕も、また。

ほんとうに!

じゃく3 | URL | 2011-03-27(Sun)22:37 [編集]


Re: タイトルなし

じゃくさん、こんばんは

> でも、コンサート行ってくださって、ありがとう。
> そしてこうして、広上さんと京響の音楽の力と思いを、みなに伝えてくれて、ありがとう。
> ぐすたふさんのエールで、元気がでます。

過分なお言葉です。こちらこそ、そう言ってもらってどれだけ力をもらえるか。ありがとうございます。

みんなで力を。お互いに・・・・切にそう思います。

頑張れ、日本。

ぐすたふ369 | URL | 2011-03-28(Mon)21:48 [編集]


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