不惑わくわく日記

大阪でコンサートをあさっています。

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ダンディの「フランス山人」を聴きに行く・・・大響定期

この曲聴きたさに行ってきました。

大阪 ザ・シンフォニーホール
大阪交響楽団第155回定期演奏会
矢崎彦太郎指揮 大阪交響楽団
ピアノ独奏 相沢吏江子
アナウンサー 中井美穂
フォーレ:「ドリー」組曲
ダンディ:「フランス山人の歌による交響曲」ト長調作品25
ドビュッシー:バレエ音楽「おもちゃ箱」

プログラム構成は、ダンディをメインに、その前後を佳品で固めた、という構成。

確かに、矢崎さんの指揮ぶりは、ダンディのような大曲を正面から突破するより、こういう小品を小粋に聴かせるほうがしっくりくるなあ、と思いながら聴いていました。

でも、ぐすたふくんとしては、やっぱしダンディなんですよねえ・・・・この曲を最初にFMで聴いたのは、今から25年前。いい曲やなあ、と・・・・そのとき大学4年、大学オケでは最上級生で、ちょっと生意気ざかり、そこそこの曲は知ってるつもりになってた僕に、この世の中にはまだまだ知らないいい曲が一杯一杯あるんや、ということを、強烈に教えてくれた思い出の曲なんですよね。それから、マイナー曲を掘り出すのに血道をあげる、おたく生活に突入するわけでありますが(笑)。

で、いつかは生で聴きたい、と思い続けるも、コンサートゴーアーになってのこの8年の間、どこのプログラムでもお見かけすることなく時はすぎ・・・・・今季の大響の定期のラインアップにこの曲を見つけた時のうれしかったこと。

プログラムに乗らない最大の理由は、やはりピアノが難しいわりにスポットライトが当たり続けるわけではない、だからソリストがやりたがらない、というところにあるのかなあ、と思って聴いてましたが、いかがなものなんでしょう?どなたかご存じであれば教えていただきたいです。

でも、今日のソリストの相沢さん(楽譜を立てておられましたね。やっぱり難しいんや、オケと合わせるのが)は、ホントに良かった。オケとの間でのやりとり、音色の立て方・ひっこめ方などなど、この曲の「エスプリ」を堪能するに十分なピアノ。

なにより、生で聴いて、CDやFMでは聴こえてこなかったいろんな音がそこかしこから聴こえてくるのにも感動しました。第一、オープニングのアングレ・ソロの響きからして違う。こんなにいいとは、思わなかったですよ。また、ハープがピアノの響きを巧い具合に補完しているのにも感心。こんな風になっていたとは。今日のハープが、指揮者のすぐ近くに置かれて、ピアノにも聴こえるように配慮されていたのはそういうことなんですな。

演奏自体も、なかなかの力演。大響のホルンとペットがなかなか強力なので、ここらへんが輝くあたりでは、おおおおお、行け行け!!みたいな感じになりますが・・・・ただ、ここの弦、響きが薄く、ダイナミックレンジが狭いので(しかたないわなあ、なんてったってチェロが7人しかいない)、そこらへんよく考えて、ブラスのみなさん
音量を抑えないと、煩いばっかりになってしまいますよ、と言いたくなる場面も多数。このあたりが、大響の問題かなあ。力演で満足してるうちは、気にならないんだけれど。

ドリーでは、最後から2番目の「優しさ」が良かった。仄かな中間色の香り(なんちゅう表現や)の素敵なこと。

後半、実はあまり体調が良くなかったこともあって帰ろうかとも思っていたんですが、せっかくだからと。浅学にして、初めて聴く曲。でも、一言でいえば B級ペトルーシュカ。人形の三角関係のバレエなんて、まんまじゃないですか。それに、ナレーションがかぶると、それはそれでまるで「兵士の物語」。ストラヴィンスキーとドビュッシーの親近性というものを、いやがおうにも感じてしまいました。

でも音楽はそんなに大したもんでもない、と思ったのは、僕の方に問題があるのだろうか?

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B級「千人」を聴く・・・・センチュリー定期

いや、こんな曲があったとは。浅学にして、今回初めて知りました(^^;;)

大阪 ザ・シンフォニーホール
センチュリー第160回定期演奏会
小泉和裕指揮 日本センチュリー交響楽団
ピアノ独奏 河村尚子
リスト:ピアノ協奏曲第2番イ長調
リスト:ファウスト交響曲

リストに「ファウスト交響曲」と「ダンテ交響曲」があって、マーラーがどうもこの二つを晩年になって意識したらしい、という話はうすうす聞いてはいたんですが・・・・いやあ、この「ファウスト交響曲」の最後の10分足らず、合唱が「Alles Vergaengliche ~」とオルガンとともに入ってくるところを聴いて愕然。マラ8の最後、「神秘の合唱」がこの同じ歌詞でもって歌いだされるところとそっくり!!

そらまあ、歌詞が同じなんだから、ドイツ語の音律に支配されて、同じような旋律になるのは当たり前と言えば当たり前かもしれないが・・・・そのあとの音楽の歩みもまた良く似てるんですよねえ。明らかにマーラー、この曲良く知ってて(きっと何回も指揮していたに違いない)、影響されるな、という方が無理でしょう。

一方、「永遠に女性なるもの、我らを率いて昇らしむ(Das Ewig Weibliche ziet uns hinan!)」の旋律をテノールソロ(福井さん、流石です)が一手に引受け、これが2楽章のグレーチヘンの旋律を元にしているあたりがなかなか憎い演出。でも、ちょっとあざとさが鼻につきますな。ただ、最後の最後に、合唱もオケもがクライマックスで一旦沈黙したそのまさに時空間に、テノールソロがたった一人でこの歌詞で大見えを切るところは、ぞくぞくっときますね。

ただ、この部分は確かに感動的なんだけど、それが75分になんなんとする曲のたった10分足らず!!まあ、言ってしまえば、この10分足らずのために、延々聴衆も合唱団も待たされ続ける曲ですね。ずっと座ってて、いきなり歌えって言われるのも酷い話だよなあ。しかも、あっという間に終わるんですよ?なんちゅう曲や。

やっぱり、B級の曲なんですよ。どこをとってもくどいし、クサイ。例えて言うなら、2貫で十分なお寿司を、3貫で無理やり喰えって言われてるような感じ。はっきり言って、最後に至るまで、1時間も要りますか?もっと刈り込めませんでしたか?このフレーズのおしまい、こんなにいろいろ音がいりますか?って思っちゃいます。

でも、まあこういう「ダイナミックさ」でぐいぐい押しきってしまえる曲を振らせたら、小泉和裕の右に出るものはないのも事実だし、それを軽量ながらフルボディのサウンドで、輪郭がくっきりした音楽に仕上げるセンチュリーも流石、と改めて思いました。楽しめましたね。

久しぶりに、演奏そのものをたのしめた演奏会だったような気がします。

前半のコンチェルトは曲がいまひとつ(これもB級ですよねえ)だったこともあって、それほど感心しなかったのだけれど、河村譲の力演はいつもながら感心しながら聴いてました。この人、余計なことしないんですよ。山師根性皆無なのに、ぐっと来るんですよね。このひと、これからホントに楽しみです。

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高校時代の恩師に会いに行く

実は、昨日の土曜日、母校に寄ってきました。

本当の用事は、りんりんの中学合格のお礼参りに北野天満宮に行く、ということだったんです。りんりんは、面倒くさがってましたけど(笑)。

正月に大雪の中、ぐすたふお父さんだけでお参りした天満宮は、山のような修学旅行バス!!すごいなあ、こんなに来てたのね。

制服で一杯の境内、りんりんとこすもすとぐすたふお父さんは、正殿にお参り、そして御札を納めて、感謝の手を合わせて・・・時計をみれば、正午前。

そうだよね・・・・寄って行っても、いいよね。

先に帰ってよ、と二人をタクシーに乗せて、僕だけ歩いて母校に向かいます。

天神さんから母校までは、懐かしい道のり。美術の時間、この道のりを何度往復したことだろう。

行けば、母校の庭は、むせ返るような満開の枝垂れ桜。僕が卒業したあとの後輩たちが、ひとつまた一つと植樹していったもののよう。

すっかり建て替わって綺麗になった正面玄関から、気後れしつつ入ってみれば、なんと丁度向こうから、いまや副校長になっているクラブ顧問の先生が歩いてくる。

頭を下げる僕に、首をかしげる先生・・・・「先生、僕ですよ、ほら・・・」

ああ!と、先生「全然変わってるからわかれへんかったわ!!」・・・・いや、毛が薄くなっただけですって。

突然の訪問を詫びた後、ちょっとの間受付前で立ち話、先生の苦労話、僕の近況のこと、そして地震のあとのこと・・・・「そうか、そうか・・・そしたら」と先生「元校長と話して帰れよ、今日は向こうにおられるから。知ってるやろ」

「行っていいんですか」「大丈夫や、大丈夫」(なんで、わかるんですか先生(^^))

そして、桜の下をまた歩いて、別の敷地の離れへ。玄関の戸を叩く。女性が現れる。卒業生であることを告げる。そして、彼女が前校長を呼んでくれる。

「おお!!」と懐かしい顔が現れる。「良く来てくれました!!!!」

ああ、と思いました。僕は、ここに居たんですね、と。

別室で、30分ほど話しました。僕たちの時代のこと、今の生徒たちのこと。そして、昔の親と今の親のこと。校長先生の苦労話も少しばかり(笑)。

でも、どんなに時がたっても、先生は先生で、僕は生徒で、あのときのように僕は先生の言葉に耳を傾ける。そこに、特に何があったわけではないです。そう、特別な話など何もない。でも、ここに居ていいんだ、そのことがうれしかったです。

握手をして先生と別れた後の帰り道、テニスコートの掛け声と青い空。ここは、あのころと同じように淡々と時間が流れている。

そのことが喩えようもなく、愛おしかったです。

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フィラデルフィア管が破産!

驚愕・・・・絶句

寄付が頼りのアメリカ式だと、フィラデルフィアと言えども、こんなことが起こりうるんですねえ。

日本のオケの今後を思います。

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来季の常任指揮者は

チェさんが首席客演コンマスになったということは、長原君も、大植さんの退任に伴い、退任するということでしょう。長原君自身、最初首席客演コンマスになってから、その次にコンマスに昇格した、ということを考えると、チェさんが首席客演になったということは、その次のコンマスになる、ということが決定した、ということを意味すると思います。

となると、

次の指揮者は、道義さん、ということになりますね。

短期(おそらくは2年くらい)の橋渡し的なポジションになると思われるので(フェスのオープンまで、ということだと思います)、肩書は「常任」もしくは「正指揮者」ということになるような気がします。大植さんも残りますからね。

そのあとの人事がどうなるか。

そんなことを考えられるような状況では、日本は、大阪は、無いのかもしれませんけれど。

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「不安の時代」はヒューマニティによって救済される・・・・大フィル定期

1曲目が、真に感動的な名演。

大阪 ザ・シンフォニーホール
大フィル第447回定期演奏会
大植英次指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団
ピアノ独奏:小曽根真
バーンスタイン:交響曲第2番「不安の時代」
シベリウス:交響曲第2番ニ長調作品43

宿命のナンバー「9」の二曲から、ファイナルシーズン、名曲のナンバー「2」の2曲、というところ、なのだろうか?

「主よ、御許に近づかん」の弦楽アンサンブルで、始まった今日のコンサート。とりあえず、みんな心を静めて、と。そして、改めて、1曲目で救済を、そして2曲目で賛歌を、というものでなかったかしら。

何をおいても、バーンスタインのシンフォニーが感動的。真に感動的。

本当のことを言ってしまえば、「不安の時代」、聴くのが辛いかもしれない、と思っていたんです。だって、現実に今、とんでもないくらいに「不安」だもの。「不安」で「不安」で、それに毎日押しつぶされそうになりながら暮らしている。

でも、ここでは、「不安」という暗黒に塗りつぶされた闇夜を通り抜けたあと、乾いた空から一条の光が差し込む。最後のエピローグの長いアダージョ・・・ここにあるのは、ロマン派にあったような暖かな慈愛の光では無いかもしれない。そう、それは神の救済ではない。それはずっとパーソナルなもの。人間による、人の救済。ヒューマニズムというものへの、「信仰告白」。

僕たちは、それ以外に救われる道はないのだろうけれど、そのことをずっと深いところに安心させてくれるような、確信めいたものを振りぬいてくれた、大植さんの棒は、涙が出るくらい素晴らしかった。

小曽根さんのピアノも、以前にもましてグレードアップ。滅茶苦茶練習してきてはります。なんら、クラシック・コンサートピアニストに引けをとらない、堂々とした音圧と表現力。また、その一方で、変拍子リズムの切れの良さと、jazzyな部分のスィング感は流石であります(この辺、大フィルのつけが鈍くさいところもありましたが、初日ですしね)。

アンコールで弾いた、ウェスト・サイドストーリーの「サムフェア」を織り込んだインプロビゼーションも、心に沁みました。そうだよね、僕たちはここから「どこかに」行かざるを得ない。でも、自信をもって、前を向いて、進んでいく以外にはない。

この音楽で、また少し救われたような気がします(救いがないと、ぐすたふくん、ホントにやっていけないくらい、参ってるんですよね)

後半のシベリウスは、「巨匠然とした」、「堂々たる」、「息の長い」、「悠揚迫らざる」演奏。まるで、往年のカラヤンの録音を彷彿とさせるもの。

最終楽章、じっくりじっくりと最後の頂点での解放に向かって緊張を詰めていく、その悠然たる音楽の流れに身を任せることの幸せ・・・・ただただ、そのことに感謝。

人は言うかもしれない。ここにある「賛歌」は、ありがちな安っぽいものだと。でもいいじゃないですか。人は、それを求めている。求める人が居るから、この曲は名曲であり続けるんじゃないでしょうか?

大植さん、大フィルのみなさん、本当にありがとうございました。



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武田邦彦教授・・・あなたは、偉い人だ

偽らざる気持ちです。

http://takedanet.com/

あなたのこと、たかじんの番組に出ている、際ものと思っていたこと、心から恥じます。

あなたのおかげで、どれほど救われたか。

どれだけ感謝しても、し足りない気持ちです。

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みなさん

みなさん

被災地のみなさん

僕は、あなたたちのことを、片時も忘れたことはない。

僕が出来ることは、なんでもやるつもりです。

だから、

今の僕があなたたちよりも平穏な日常をすごしていることを

どうか、許してください。

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京都は春・・・・京響スプリング・コンサート

少し気持ちが軽くなりました。

京都 京都コンサートホール
京響スプリング・コンサート
広上淳一指揮 京都市交響楽団
ピアノ独奏 高橋多佳子
ナヴィゲーター:千住明
宮川泰:交響組曲「宇宙戦艦ヤマト」から~出発
久石譲:おくりびと~memory
千住明:「砂の器」からピアノ協奏曲「宿命」
早坂文雄:交響組曲「七人の侍」から~おびえる村・練達の士
芥川也寸志:映画音楽組曲「八つ墓村」から~青い鬼火の淵
武満徹:「3つの映画音楽」から訓練と休憩の音楽・ワルツ
伊福部明:SF交響ファンタジー第1番
(アンコール)千住明:大河ドラマテーマ曲「風林火山」

とにかく、京響の音がいい。澄み渡る空の色。すうううっと心の中に沁み渡る、エメラルドグリーンの風。

広上さんの棒もいい。颯爽として迷うことのないその魅力。少々の乱れなんて、そんなものどうでもいいじゃないですか。この音楽の魅力は、「空間にすううっと広がる響き」と、「時間を忘れさせる音の流れ」。いまのよどんだ空気をふううううっと吹き飛ばしてくれるような、同じ場所に淀んだ時間を洗い流してくれるような、そんな流れ。

なんか、救われたような気がします。

行って良かった。

ろんろんが、ヤマトとゴジラが聴きたくて一緒に行ったんだけど、彼も満足だったみたい。

広上さん、ありがとう。

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みなさん、ありがとう

このブログ、見に来てもらってる方々。

いつもありがとうございます。

いつの間にか、このブログ、関西の演奏会のことを書くブログになっていましたよね。

本当は、でも、僕個人の気持ちをつらつら書きとめるブログだったんです。

最初は、こすもす(家内ですけど)が始めたこと、

僕はそこに間借をさせてもらっていたんですよね。

丁度その時

僕は、大きな人生の転機で

(もうそんなこと、憶えてる人もいないでしょうけれど:だって、レンタルしてるところも今で3か所目!!)

職場も変わり、それまでの仕事も捨て

何もかも変ってしまう、そんな時

大植さんがやってきて

「復活」をやり

いま改めて大阪が

そして自分か

もう一度0から始められるような気がして・・・・・・

・・・・・・・

あの時僕は、丁度40歳

だから「不惑わくわく」で

今僕は、47歳。

家内は、とっくの昔にブログの更新をやめていて

今は、僕だけですよね(^^)

でも、彼女には感謝しています。これを始めなければ

逢えなかった人にも会えた。

札幌にも行けた。

シンフォニーホールで会える人も、京都コンサートホールで会える人も、得ることができた。

そして、高校の同級生にも会えた。

この場所で、想いを共有する人にも出会えた。

この1年

もしかしたら、最後の一年になるかもしれないですね。

みなさん、

1日1日、

大切にしていきましょう。

こんなところで、出会えたこと

本当に

本当に

感謝しています。

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帰ってきました

今、帰ってきました。ちょっと疲れた(笑)。

でも、いい天気でした。今日は風が強かったですね。

子供たちが、本当に可愛かった。

僕は、この日を忘れない。絶対に。

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鈴鹿に行ってきます

みんなで鈴鹿に行ってきます。

りんりんの中学合格の御祝いで、ずっと前から予定していたもの。

ろんろんの中学合格の時も、ここに行ったんですよね。

また、帰ってきたら何か書きます。早く寝ないと。

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