不惑わくわく日記

大阪でコンサートをあさっています。

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大植英次、あなたと同じ時間を過ごしていることを僕は忘れない

大植さんの広島でのチャリティーの様子、じゃくさんのブログで教えてもらいました。

http://blog.goo.ne.jp/rc1981rc/e/a68e7ab532619305fb8c4d953bf26c7b

この中で大植さんが言っている言葉

『今、東北で起こっている・日本中が心配している事柄を、
誰よりも理解でき支援できるのが広島の私達である筈だ』

「奇跡は起きます!」「広島の応援は、重みが違います!」

・・・・・・この人は、なんて偉いんだろう。

大植さん、あなたに逢えて、本当に良かった。

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想いよ、届け、ハレルヤ・・・・京響定期

「聖アントニウスの誘惑」が出色

京都 京都コンサートホール
京響第544回定期演奏会
広上淳一指揮 京都市交響楽団
ヴァイオリン独奏 シン・ヒョンス
ショスタコーヴィチ:バレエ組曲第1番
ブルッフ:スコットランド幻想曲作品46
ヒンデミット:交響曲「画家マチス」

ぐすたふ君、精神状態は実はあまりよくありません。このごろ、ほとんど音楽を聴かない。聴く気になれないんですよ。そんなことより、文章を読んでいることの方が多い。できるだけ、遠い世界や時間のことを書いた文章を。

だから、正直、今日の演奏会もどうしようかと思いました。行かないことも考えた。聴くならヒンデミット、ヒンデミットだけ聴くことも考えたです。

でも、広上さんが振ることを思った。東京に家族が居る、広上さんが振りに来ることを思ったんです。行かないわけにはいかないだろうと。たとえ、その音楽が自分の中に焦点を結ばないことがあったとしても、その場所に身を置くことが、僕の努めではなかろうかと。

プレトークの途中から会場入り、舞台には広上さんが立っていて、今日の曲目のこと、ソリストのこと、そして来季のプログラムのことをしゃべっている。いつもと変わらない笑顔。

演奏が始まる。軽妙なショスタコーヴィチ、歌に満ちたブルッフ(ソリストにはあまり感心しませんでしたが)。この音楽に身を浸すことができること、そのことを感謝すべきなのだろうか。それだけでいい、と思うべきなのか。

でも、ヒンデミットは違う。

「天使の合奏」からして、そこに分厚い鋼鉄に似た音塊がぶち込まれ、声部が絡み、軋む。そこにあるのは、ヨーロッパ中世から何百年という歳月、彼らが神を讃えあがめ続けた多声部音楽そのもの。それが、モダンのメタリックな輝きを放つ鎧を身につけて、地の底から召喚されてくる。

そして、その音楽は「聖アントニウス」において、闇と光に分かれて、喰うか食われるかの凄絶な闘いを始める。広上淳一の導く棒は、京響の弦にサタンの哄笑に似た軋みを与え(コーダのフガート!!!)、一方で、聖母マリアの慰撫に似た恍惚を導く(中間部の静かな部分!!)。これほどまでの質感を、ここの弦が現出させたことがかつてあったであろうか?

マッシブなブラスサウンドが、壮麗なハレルヤを謳いあげた時、光は必ず闇を凌駕する、そう信じさせるだけの力がそこに居た皆の心の中に満ち溢れたのではないだろうか。

「この曲が書かれた時、ヒンデミットは不遇でした・・・でもヒンデミットが不遇であったにも関わらず、これだけの音を残したことで、今の私たちが、その音を通じて改めて色々なことを考えることができる。感じることが出来る」

曲が終わってからの広上さんの言葉

「プレトークでは、あえて私は、今の国難、このことについては触れませんでした

「今、演奏会をする、ということに対しても色々ご意見はあるでしょう。

「私は東京に住んでおりますが

「神も仏もない、そんなことも思ったりもします。けれど、

「京阪神のみなさんが、元気でいていただく、健康で文化的で居ていただく、そのことが

「なによりの支援ではないかと、私は思います。

「アリアを演奏しますが・・・・あまりしんみりとはなさらないでください。そして

「思われたことを、素直に表していただければ、と思います」

バッハのアリアは・・・・追悼の音楽では無かったです。そんなものではない。

広上淳一がここに込めたのは、「負けない」という強烈な意思。「こんなもので、音楽は、人間は負けはしない」という信念。

みんな、がんばれ。そして、僕も、また。

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長原幸太、君はエライ

今日になって、実はあのメンデルスゾーン、ゲネプロ一発本番だったことを知りました。

そんなことを微塵も感じさせなかった、全曲暗譜の長原幸太・・・

・・・・君は、ヒーローだ!!

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ろんろんの世代の可能性

ろんろんは、いま、高校二年生。この春から高校三年生!!

で、実は彼はネットに一杯友達が居るんです。自分のHPもあるらしい(教えてくれないけど)

それで、ネットではみんなが協力して、安否確認や励ましあいをやってるんだとか。前向きですねえ。

「できることをみんなでやるんだよ」
「だから、みんなでせえーの、で電源を落として、むこうに電力を送るんだ!」

・・・・・いまどきの若い者、と僕たち年寄りはいうけれど、実は彼らは、僕らが思っているよりもずっとずっとパワーがあって、思慮があって、思いやりがあるんだなあ、って思います。

先週水曜あたりから落ち込んでばかりのぐすたふくん、ろんろんのそんな姿に、ちょっと反省、でありまする。

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グリル梵

なんで、こんな記事が、と思われるかもしれません。

でも、今日、僕は、新世界のこの店に、ろんろんとりんりんと、そしてこすもすを連れていったんですよね。

実は、このグリル梵という店、僕が初めて大阪に出てきた時には存じ上げていた店、そして、いつかは訪ねようと思っていた店、なんです。

それくらい、有名な店なんですよね、大阪では。いわゆる、「昭和洋食」の残像を今日に至るまで供してくれる店。

でも、僕はこの20年の間、この店で食する機会を得ることは無く、そして今日、念願かなって尋ねることが出来ました。

結論から言えば、ろんろんも、りんりんも、こすもすも

ヒレカツカレー煮込み
ヒレてりやき

のあまりの美味しさに絶句、というところでした。

いつか、僕はここに居たい、と願ってきた。それが

子供たちの笑顔で縁取られたこと、

そのことが、僕にとっては、何にも代えがたいものだった・・・今、しみじみそう思っています。

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こんな日にコンサート・・・大フィル定期

途中で気分が悪くなって、休憩時間に帰ってきてしまいました。

大阪 ザ・シンフォニーホール
大フィル第446回定期演奏会
円光寺雅彦指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団
ヴァイオリン独奏 長原幸太
ドヴォルザーク:序曲「謝肉祭」
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調
フランク:交響曲二短調

予定のアン・アキコ・マイヤーズが、原発事故のため急遽帰国(こどもさんが小さいので、気になさったらしいですね)、長原幸太が代役となった、というところからして、気が滅入る出だし。今日初めて、大フィルの事務員の方から声をかけてもらいまして(8年も通ってて、今日が初めて!!)、事情をお聴きしました。「仕方ないですよ、演奏会をやってもらえるだけで、ありがたいです」と答えたのだけれど、最後まで自分の方が持ちませんでした。

この数日の経過、関西に居てさえこうだもの、現地の人はいかばかりだろう、と思います。

演奏は、熱演。こんなときだから、ということだったのかもしれない。追悼のアリアがあったのは、いつものことだが、謝肉祭の颯爽とした音楽は、みんな元気出してよ!!と言わんばかり。

そして、メンデルスゾーン、長原幸太の渾身の熱演はいつもと変わらず。そして、それにつける大フィルも熱演。熱演過ぎて、アンサンブルが乱れるのはご愛敬。ここまでやってくれる、気持ちがうれしい。

でもね、ぐすたふくんの気持ちが持たなかったんです。

フランクを聴くにはつらかった・・・・でも、ただただ、ありがとう。その言葉だけ、言わせてください。

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1年前のチリ地震の記事と、今日のコメント

京都百科さんがコメントしてくれました。

> あらためましてこちらに
>
> 今日3月11日、地震が日本にきました。本当に恐ろしいことが知れるのはこれからですが、そしてなにより原発の完全停止をしなくてはなりませんが、悲しみのできるだけ小さいことを祈るばかりです。津波の前の停電とそれによる情報の切断がつらく思われます。
>
> 個人個人、そして多くの人が、場合によっては過剰反応をいざというときのために秘めているという、つよい日本列島にするように、微力でも注ぎたいとあらためて思いました。

僕が答えました。

***************************

こんばんは。

> 個人個人、そして多くの人が、場合によっては過剰反応をいざというときのために秘めているという、つよい日本列島にするように、微力でも注ぎたいとあらためて思いました。

日本人やっぱり偉いと思います。もくもく事に当たっている。

阪神大震災の時もそうでしたが、こういうときこそ、日本人の我慢強さ、モラルの高さが発揮される時だと思います。

このことを、世界の人々、知ってください。

私たちは、負けない。

同時に、

支援をありがとう。心から感謝します。

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MTT/SFS、マーラーチクルスの最後のCDを買う

MTT/SFSマーラーチクルスの12タイトル目(1-9+大地+嘆きの歌で11タイトル、その次ですな)、待望の、と言いたいところだが、正直言って、あんまり待望では無かったりしたんですね。無くても良いんじゃないかと(ごめんなさい、MTT(笑))

「Songs with Orchestra」というタイトルで、「さすらう若人の歌」「リュッケルトの詩による5つの歌曲」「角笛から抜粋」の3部構成。おそらくは、「大地」も「嘆きの歌」もシリーズに入れたんだから、オーケストラ伴奏つき歌曲を3番とカップリングした「亡き子」だけにしておくわけにいかないやろ、ということだったんでしょう。

ただ、それなら「角笛」を全曲網羅して2枚組にしてほしかったなあ。

ただ、そうなると音源としてのコンサートが組みにくい、という実際上の都合があったんだろうけど。「角笛」からの5曲は、「塔の中の囚人の歌」→「少年鼓手」→「トランペットが美しく鳴り響くところ」→「レヴェルゲ」→「原光」の抜粋でうまくアレンジされていて、たしかにコンサートピースとしては秀逸。でも、せっかく角笛から編むのに「魚に説教する聖アントニオ」だとか「この世の生活」といったマーラーを語る上で欠かせないピースが入らないのは、マーレリアンぐすたふくんとしては、ちょっと・・・という感じなんですよね。

最初、歌曲集がこのチクルスの最後にリリースされることが決まった、というニュースを聴いたときはさすがMTT!!!「嘆きの歌」を入れただけのことはある!!!と拍手喝采したのだけに、実際にリリースされた内容を知った時の落胆は大きかった。まあ、でも「角笛」まで録音する人はほとんどいないから、ちょっとでもやってくれただけ良しとしましょうか。

この「角笛」抜粋で特記すべきなのは、最後の「原光」がバリトンで歌われているところ。これは、さすがMTTで、チクルスで一度「復活」の4楽章として録音してるんだから、同じものを録音する愚を避けているわけですね。ここらへん、師匠バーンスタインが「角笛」抜粋のCDで、最後の「原光」を何のためらいもなくメゾソプラノで録音しているのとは、やっぱり違います。

そして、このCDでの最良のものは「リュッケルトリーター」でしょう。とにかく、音の・響きの美しいことと言ったら!!素晴らしいサウンドです。

これは、MTTの丁寧な音作りと、SFSの繊細な音と、そしてなにより録音スタッフの優秀さ、この三位一体によって成し遂げられたと言って、過言ではないでしょうな。出だしが「私は柔らかな香りを嗅いだ」から始まるのだが、この出だしの音の透明さなど、これ以上のものがこれまであっただろうかとまで思ってしまうし、3曲目に置かれた「美しさゆえに愛するのなら」の堂々たる絶唱は「Don't Cry for me, Arzentina」を彷彿とさせる感動的なもの。4曲目に「真夜中に」を置いて、5曲目に「私はこの世に忘れられ」を置く並びは、たぶん「私は柔らかな香り」とのシンメトリーを意識したのだろうと思われる。静寂のなかから始まった連作歌曲が、また静寂の中に溶けていく過程の、これまた何という美しい響き!!

この5曲を聴くだけでも、このCDの価値は十分にある、と思います。

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