不惑わくわく日記

大阪でコンサートをあさっています。

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大植さんの在京オケ客演の報に接して、複雑な感情を抱く

できたら、監督退任してからにしてほしかったなあ・・・・せっかく、「僕は日本では大フィルしか振らないから」と公言し続けてきたんだったら。

最後の1年間、大フィルで燃焼し尽くしてほしかったです。

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高校物理と、S先生

ろんろんが今、なんと高校2年生だということ、憶えておられますか?

それで、彼が物理がわからないから教えてくれっていうもんだから、このごろ勉強につきあってるんですよね。

僕は、中学・高校と京都市内で過ごして、高校2年生と3年生の間、縁あって名著の誉れ高い「新体系物理問題集」著者のS先生の私塾で、物理を習わせてもらっていました。

S先生が居なかったら、今の僕は無かったかもしれない、と思います。それくらい、僕は物理がわからなくって、先生の講義がなければ、とても大学に合格できなかったと思いますもの。

物理は、原理を理解して、そこから自力で公式という名のつくものを導きだせて初めて出来るようになるんだよ、それを理解することが一番なんだよ。「公式」なんて忘れればいい、忘れればまた、自分で導いてくればいい。物理で憶えることことは皆無といっていいんだよ、そこにあるのは、先人の知恵を「理解すること」なんだよ。

そう言って、そして実際にそうであることをやって見せて、このことが本当であることを理解させた時、ろんろんの顔がぱあああっと明るくなる・・・それをみるのが楽しい。

「私はだね」とS先生は良く言っていた。「君たちに大学に受かってもらうためだけに物理を教えているんじゃないんだ。人類の後輩のためにだね、物理を理解してもらおうと思って教えておるわけだ。それを理解しない諸君はだね、別にこんなところに居る必要はない。他にいくらでも行くところはあるだろう。いつでもここから出て行ってもらって結構だ」

大人になって、それなりの地位になったら、ひとことお礼を言いに伺おう・・・・そう思っているうちに年月が経ち、先生の自宅にやっと電話出来るようになった時、すでに先生はこの世の人ではなかった。

先生・・・と僕は思う・・・・僕はあなたの教えを人類に還元するような仕事にはつかなかった。でも、僕の子は、もしかしたら僕なんかよりもずっと立派になるかもしれないです。それが、あなたの恩に僕が報いることになる、そう思っていいですか?

「物体にかかる力が、ある地点からの距離xを用いて、F=-kxと書きあらわせるとき、その物体はx=0を中心とした単振動をしている。そして、その周期は物体の質量mを用いて、2π√m/kと書くことができる」

・・・京都のくすんだ市街地、四条烏丸から西へと歩く高校生の僕は、12月の乾いた冷たい風に身をすくめながら、このフレーズを反芻していたかもしれない。そして、いままた、息子が・・・

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爽快極まりない「復活」・・・京都市立芸大定期

広上さんのマーラーは、実は初めて。

京都 京都コンサートホール
京都市立芸術大学音楽学部第136回定期演奏会 〜更なる復活〜
広上淳一指揮 
管弦楽/京都市立芸術大学音楽学部管弦楽団及び卒業生(真声会) 京都市立堀川音楽高校生
合唱/京都市立芸術大学音楽学部合唱団及び卒業生(真声会)・市民有志
ソプラノ:上野洋子 アルト:馬場菜穂子
マーラー:交響曲第2番「復活」

突然、お義母さんから招待状をいただいて行くことになった演奏会。「マーラーやし、どう? 好きでしょ?」ああああ、すみません、こんな極道な義理の息子の趣味を憶えていてくださって。恐縮至極に存じます(^^;;)

さて、そんなこんなで予定になかった演奏会でしたが・・・・結果は、実に壮麗、かつ爽快な「復活」。ある意味、祝祭感の横溢したもので、演奏に関わったスタッフ・演奏者、そして聴きに駆けつけた関係諸兄にとっては、これ以上はない出来映え、と思います。

オケの音に関して言えば、20型(20-18-14-12-10の、それこそ舞台を覆い尽くさんばかり)の弦セクションの音が予想を上回る響き。ヴィオラなど、京響を上回る音を出す(京響には辛口ですが)。こういう音大の学生オケの弦の音っていうのは、しばしば響きが固くって潤いに欠けることが多いのだが、どうしてどうして、なかなかの表現力。ただ、若干引き出しが少ない嫌いがあって、ときどき単調に傾くところ無きにしも非ずだが、それは些細なこと、と思わせるだけの迫力です。5楽章の前半部における、マッシブなサウンドなど、おおおおおお、やるじゃあないの、と唸ってしまいました。

それよりなにより、ブラスセクションの優秀なこと!!特に、ペット!(トップの音の何と透明で良く通ることだろう!!)京響の早坂さんが指導に当たっておられるようだが(舞台にものっておられました)、いやあ、このごろの日本のブラスの層の厚さというものをまざまざと見せつけられた気がしました。これだけの人材がいるんやったら、もうちょっと大フィルのブラス、良くなってもよさそうなものなのに、と思ったのは余計かもしれませぬが(苦笑)。でも、京響のブラスの優秀さは、きっと、こういう基盤の上に成りたっているのだろうなあと思いました。

合唱も、ソプラノ78・アルト54・テノール25・バス29の200人近い大合唱で迫力満点。ただ、ちょっと発声がはきはき・しゃっきりしすぎで、味わいに欠けるところ(特に出だしなど、もっと神秘的に入ってきてほしかったなあ)無きにしも非ず。でも、「私は勝ちえた翼を拡げ」からの掛け合いなど、これだけの人数ならではの盛り上がりで、最後の最後、「Auferstehen! Wirst du, mein Herz! Im einem Nu!」のくだりの「Im einem Nu!」の音圧には、思わず鳥肌。いやあ、これぞ「復活」。

コーダのオケサウンドも、なかなか熱い中にもしっかり整理されていて、響きはそれほどに混濁を見せずに良く鳴っていて、気持ちが良かったですね。ここは、かなり広上さん、神経を使ったと見えます。

ただ、独唱はアルトが弱かった。これは、仕方がないかなあ、大学院の学生さんとのことだったが、ソプラノを取った先生との間に実力差があまりにありすぎる。ちょっと可哀そうだったですね。

まあ、こういうところ以外にぐすたふくんが感心したのは、実は3楽章。広上淳一の真骨頂は、実はここにあったと思うなあ。まあ、なんて気の利いた、小粋な演出だろうか。いろんな音や音響が、そしてこれまで鳴ってきた旋律とこれから鳴ることになる旋律とが、錯綜しつつあちらこちらから聴こえてくるのがこの楽章の魅力なのだが、それを実に面白く、チャーミングに鳴らしつつ、そして実はこの「復活」、この3楽章を転回点としたシンメトリー構造なのだということをまざまざとわからせてくれる。こういうことを、明瞭に聴かせる演奏も少ない、と聴きました。こういう楽曲の理知的な扱い、広上淳一独特の味でありますな。

でも、こういう「広上節」でダイナミック・壮麗かつ理知的に斬って捨てるマーラーを堪能しつつ、一方でぐすたふくん、ちょっと物足りないなあ、と思っていたのも事実なんですよ。いつもながら、マーラーには辛いなあ、と自分でも思うんですけどね。ちょっと「即物的」に過ぎるんですよ。霊的なものが、心に迫ってこない。でもそれは、無い物ねだりかもしれないですけどね。今回の演奏会は、そういうものではない、ということは自明、ですものね。

今年の最後を、第9ばりの祝祭「復活」で終えられた、そのことを感謝すべき。広上さん、市芸のみなさん、ありがとうございました。

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