不惑わくわく日記

大阪でコンサートをあさっています。

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MIXIに移動しました

これからは、MIXIで、ぐすたふ、として、呟いて行くことにしました。

また、どこかでお会いしましょう。

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別れではない、これは「襲名披露」だ・・・・大植英次スペシャルコンサート

大植英次、大阪の聴衆は、あなたを「大阪のマエストロ」として、これからも語り継ぎ、忘れることはない。

大阪 ザ・シンフォニーホール
大植英次スペシャルコンサート
大植英次指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団
ブルックナー:交響曲第8番ハ短調(ハース版)

大植・大フィルの3回目のブル8にして、最高・最大の音楽。

これまでの大植さんのブル8は、色々とドラマチックな仕掛けを施すのだが、それは確かに美しい瞬間ももたらすし、腹に堪えるサウンドにも事欠かないけれど、結果としては逆に音楽を小さくしてしまって、後期ブルックナーの曲に宿る「巨大なもの」がそこに出現しないもどかしさがあったように思う。しかし、最後の演奏で、大植英次はそこを突き抜けたところに自らを置くに至った、そう言っていいのではないかしら。

ブルックナー指揮者、と言われるに相応しい、大きな大きな音楽が聴けました。

今日の音楽の大きさを仰ぎ見ながら、やはり朝比奈御大の大きな音楽の峰をそのかなたに見ていた聴衆は、決して少なくは無いだろう。そして、見上げればそこには、ブル9の時と同じように、スタンバイされ、ライトアップされたオルガンがある。そこにだれが居るか、今日は、誰もがわかっていたのだろう、と思う。

今日の3楽章、打楽器がカタストロフを奏するクライマックスに向けて長い長い階梯を昇る音楽が、ハース版に残されたフラグメントの所で一度身をよじり、そのあとでむせび泣くように血の涙を流して神に向かって救いを求める、そのストリングスの言語を絶した美しさ。それがさらに高みへと到達するまでの歩みの、時間を超越した巨大さ。そのあとに訪れる慰撫の、その肌触りの無限の優しさ。

4楽章、展開部が終わった瞬間に突然屹立する音楽の巨人、それに左右から腰を浮かせて体当たりをくらわせる長原幸太と佐久間聡の雄姿。この姿も、今日が見おさめ。

雷神の一撃を、迷いなく打ち込む堀内吉昌のティンパニの鮮烈さ。漆黒の闇と救いの光を共に描き分ける、藤原雄一率いるワグナーチューバ部隊の響きの深さ・・・・楽員一人ひとり、パートひとつひとつに、あらん限りの言葉でもって語ろうとしても、それでも足りない様な気がする。

終演後、長い長いカーテンコールの末、事務方から手渡された花束から薔薇を一輪抜き取り、大植さんがそれを掲げて指揮台に上がった瞬間・・・・僕を含めて、そこに居た全ての聴衆が、一斉に立ち上がった!!まるで、それが合図でもあったかのように。誰が何を言ったわけでも、促したわけでもないのに!

それは、「大植英次」が「大阪のマエストロ」を襲名した、歴史的な瞬間だったように思う。

大阪の聴衆の拍手は温かく、そしてみんなが共有する空気は慈愛に満ちていて・・・・・この時間を共有出来ることが何よりの財産、そして音楽の奇跡。僕がここに居ることができる、そのなんという幸福。

大植英次、ありがとう。大フィル、ありがとう。

そして、ここに居た大阪の聴衆のみなさん、

いや、僕と一緒に、大植・大フィルの音楽を聴いてきた全ての聴衆のみなさん

本当に、9年間、ありがとうございました。

今日、この記事を持って、不惑わくわく、お開きです。

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オケコンを前座に使うなんて、なんてオケだ・・・京響定期

曲の順番が逆だろう、と思ってたら、これで良かった、というところがまずびっくり。

京都 京都コンサートホール
京響第555回定期演奏会
広上淳一指揮 京都市交響楽団
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
ブラームス(シェーンベルク編):ピアノ四重奏曲第1番ト短調(管弦楽版)

今回も満員御礼、大入り袋が出たらしいです(とプレトークで言っておられました)。凄いなあ、センチュリーとは全く逆。いけいけの上り調子のオケと、逆境下り坂のオケと、その違いのなんと唖然とすることか。そのどちらにも身を置いているぐすたふくんとしては、なんとも複雑な思いですが。

で、大曲二曲プロの今回、このラインアップで満員になる、というところがまず凄い。昔だったら、(少なくとも僕がここの定期に通い始めた2004年・2005年ごろだったら)、まずそんなことあり得ない。がらがらですよ、きっと。これが、上り調子の証。演奏が上り調子、客が入る、曲が冒険できる、音楽的にさらに充実する、の好循環。一方、下り調子の方は、良い演奏をしているのに客が入らない、集客名曲路線に走る、マンネリズムに陥る、の悪循環。なんかなあ・・・

まあ、今日の記事なんやから、京響の好調さを素直に喜ぶべきでしょう。広上さんも、気分よくさらにぶいぶい言わせて頂きたいものだし、いまや実力関西一とまで言われ、市長もバックアップ万全、極めていい感じなんだから、長期政権を見据えて、今日以上に挑戦的なプログラミングを組んでもらいたいものでありまする。

ただ、正直なことを言わせてもらえば、バルトークのオケコンを聴いているときには、ちょっと不満でした。というのも・・・・とにかく、この曲での京響ストリングセクションの響きが貧弱極まりない。曲のせいなのか、とも思ったが、ぐすたふくん、この曲、ライブで何度も聴いていて、それこそセンチュリーでも聴いているんですよ。その時の記憶と照らし合わせ、12型のセンチュリーがあそこまでの音を出していたというのに、京響は16型のくせして(プログラムで見る限りは15-13-12-8-7の人数をカウントしましたが)この程度の音か、とげっそりしていたほど。聴きながら、「今日の記事は、ああ、たとえ将来大阪のオケが絶滅したとしても、僕はきっとここの弦の音に満足することは無く、その時には大阪の弦の響きをただただ懐かしみながらこの場に身を置くことになるのかもしれない。それは、どんなにいい女に巡り合ったとしても、過去に最も愛した女性のことを決して忘れられず、過去の女の温もりを反芻しつつ今の女と寝ている、そんな男の心に近いのかもしれない、とでも書くことになるのかな」と思ってたんですよね(なんちゅう言い方や(^^;;))

ところが、後半のブラームス/シェーンベルクがオケコンを上回る充実した響きと熱い演奏で・・・・こうして見ると、オケコンは、はっきり「前座」だった、ということですよね。まあ、こんなことができるなんて、流石は今の京響、だわ。

ぐすたふくん、このブラームス/シェーンベルクの曲、今回が初めてだったのだけれど、ブラームスの曲でもなければ、シェーンベルクの曲でもない、不思議な存在感をもった曲。旋律はブラームスのそれで聴きなじんだ魅力的なもの、その一方で響きがまた豊潤に鳴る耳に心地よい魅力的なもの、というそれこそ「良いとこどり」。「オーケストラを聴く」という楽しみを存分に味わう事ができる、という意味で、極めて優れた良い作品だと思いました。しかも、打楽器が盛大に活躍する4楽章の演奏効果がまた絶大で、「終わりよければすべてよし」のコンサートピースとして言うことが無い。実際、京響の演奏もこの4楽章、爽快かつゴージャスに聴かせ、終演後にはそれこそブラボーの嵐。ぐすたふくん、スタンディングしてもいい、と思いましたもん。でも、前から7列目だったので流石に恥ずかしくてやめましたけど(笑)。

この曲の旨みを教えてもらった今日の京都の聴衆は、幸せだと思います。

でも、オケコンを凌駕する演奏にこの曲を仕上げてくるあたり、やはり広上・京響、恐るべし、と素直に脱帽しておきましょう。ぐすたふくん、来季もマチネで続けますからよろしく、と書きたいところですが・・・・広上さん、マチネは一回だけとはあまりに酷い!!

仕方が無いなあ・・・広上さんの金曜の2回(7月と1月!!)は、大阪からはるばる通いましょうかねえ・・・

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センチュリーの思い出

今改めて整理してみると、僕とセンチュリーの関わりは、2003年に聖響君が専任指揮者に就任する記念の定期が最初。そのあと、2004年に飯森君のフレッシュコンサートと、小泉さんのドイツレクイエムをきいただけだったのだが、その年に、C席が翌シーズンから定期席になることがアナウンスされて、その破格の安さ(確か1万3000円だったと思う)から、募集初日に電話をかけた、それがこのオケと関わるきっかけ。その素早さは、そのあとご一緒することになった隣の席のおばさま方から、「あっという間にその席、なくなってましたけど、あなただったんですね」と言われたくらい(笑)。

良い席だったんですよ。3階席だけど、横にもたれられて、そしてはっきり舞台も見えて、音も良く、そしてなにより安かった。2005年から、7年間維持したんだなあ。

通ったコンサートは、数えて41回。そのうちの21回は小泉さん。半分は小泉さんだったんですね。やはり、主席・監督、ということなんでしょう。

でも、7年間会員だったら、本来は70回行ってても良さそうなのに、なぜそうはなってないか、というと・・・・このオケ、危機が表面化するまで、定期演奏会の日程が本当に悪かったんですよ。ウィークデーのそれも火曜だとか水曜に平気でブッキングする。普通に働いてたら、そんなところに演奏会に行けませんって。加えて、水曜日は仕事の関係で、絶対に行けなかったんですよ。そんなもので、会員になっても半分も行かない年が続いたんです。でも、破格の安さだから、それでもいいか、って思ってた節は確かにあります。

おそらくは、シンフォニーホールと相談して、わざとそういう人気の無いところのスケジュールを埋めていたんじゃないかな。公共オケだから、民間を邪魔しないように、そういうことが言われていたらしいですからね。

曲目のリストを整理して眺めてみると、いろんなことを思い出す。この中で一番を選べ、と言われたら、やっぱり、沼尻君の「ジャンヌ・ダルク」だろうな。これは衝撃的な経験だった。おそらく、2度と経験できないと思います。

2番目は、カリユステの振った、デュルフレの「レクイエム」。こうして見ると、やはり声楽のはいった作品の印象が強い。こういう作品、よっぽどのことがないと接する機会がない、そのことが大きいと思うな。

このことを想う時、やっぱり興行的にどうであれ、定期演奏会には音楽的に意味のある(オケにとっても聴衆にとっても)作品をある程度やるべきだ、というのは事実だと思います。その「芸術体験」がなければ、聴衆も不幸だし、オケも不幸だと思う。

来季のプログラムに対する批判として、改めてここに書かせてもらいます。


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小泉ダイナミズム、それを誉め言葉として今日は贈りたい・・・・センチュリー定期

立派。

大阪 ザ・シンフォニーホール
日本センチュリー交響楽団第169回定期演奏会
小泉和裕指揮 日本センチュリー交響楽団
ピアノ独奏 小菅優
シューマン:ピアノ協奏曲イ長調作品54
(アンコール:シューマン/リスト「献呈」)
ブルックナー:交響曲第2番ハ短調

終演後、初めて定期会員席の一番端のおじさんと二人(僕は反対の端)、スタンディングで拍手をしました。そのとき二人交わした言葉が「いやあ、この人数でここまでの音が鳴るとは!!」

これまで、ぐすたふくん、小泉ダイナミズム、という言葉を、どちらかというと否定的な響きで使うことが多かったかもしれないけれど、今日のブルックナーの演奏に対しては、最大級のほめ言葉としてこの言葉を使いたい。

センチュリーに小泉さんがやってきて(実は大植さんが大フィルに来たのと同じ2003年だったんですね、全然意識してなかったけれど)、センチュリーには不似合いにしか思えないダイナミズムを振りまわし、それこそ身の丈にあわない大曲をぶいぶい言わせてやり続けた。そのことを僕が時に苦々しく思っていたのは、この日記を読んできた人ならみんなご存じの通り。

でもまあ、それもここまでやり通したら、立派です。ここまでの演奏を聴かせられては、何も言えません。参りました、としか言いようがない。何物も、貫き通す、ということの重みを凌駕するものなし。

この演奏をして、締ったプロポーションから重い重い球を繰り出すプロ野球のエース、に例えるのにやぶさかではない。実に一級のブルックナーです。

特に1楽章と2楽章が秀逸。1楽章は早めのテンポで、それこそインバル・フランクフルトを彷彿とさせるような熱いリズム感。久しぶりに、背中が熱くなりました。そして、一転、二連・三連のリズムが複雑に錯綜し絡み合い、音楽が無重力空間に浮遊するかのような時間を作りだす、二楽章の主題再現前のクライマックスの美しさ。まるでタルコフスキーの空中浮揚の映像を見ているかのようで・・・小泉さんの棒が、こんな宗教的な音楽と時間を紡ぎ出してくるとは。

3楽章も、びしっと締った格好のいいもの。4楽章はまたこれ、滅茶苦茶難しいアンサンブル(今日は改めて、この曲が難曲であることを再認識しました)。これをしっかり決めてくるあたりは、流石はセンチュリー。センチュリーだからこそ、ここまでクリアに音が聴こえてくるんやなあ、と思いましたねえ。やっぱり上手いオケだ、このオケは。

実は、客の入りは良くは無かったんです。正直なところ、6割くらいかなあ。だから、僕の定期会員席の列は、僕とそのおじさんともう一人おばさんだけ。僕とおじさんの間は、3席とも空席だったんですよ。だから、最初に書いたみたいなことになったわけ。

そう言っている僕も、今回でこの席、最後になるんだよなあ・・・・ちょっと寂しくなりました、自分で決めたこととは言え、ね。

でも、ただただ、立派、という言葉を贈りたいです。僕が聴き続けたセンチュリー、よくぞここまでの演奏を、と。定期会員として臨む最後の定期演奏会で、この演奏を聴かせてもらったこと、本当に感謝します。

さようなら。そして、ありがとう。

追記:
シューマンも実は良かったです。

ホントのこと言えば、ぐすたふくん、小菅譲はあまり好きじゃない。がんがん弾くばかりで、どれを聴いてもみんなベートーヴェンに聴こえてしまうような気がして、これまでも散々に書いてきたと思います。1楽章と2楽章については、やっぱりこの人はこんなかんじなんやなあ、と。もうちょっとシューマンの陰影というか、陰りというか、そういうものが出てこない。極道ぐすたふくん、まあ小泉ダイナミズムとは丁度いい組み合わせなんかなあ、なんて(不遜にも)思ってたんですけど・・・ところがところが、3楽章が何とも小気味のいい秀演。花が咲き乱れるが如くの若さと香りあふれるもので、この魅力、抗することは不可能、でしたね。完全にノックアウト、でした。

そのあとに弾かれた「献呈」の歌の素晴らしさ・・・なかなか、泣かせますねえ。

ちょっと、小菅譲、見直しました。また、次の機会、楽しみに待ちます(^^)

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渋いけど・・・大フィル定期

こういう演奏会が、粛々と、そして連綿と為されていくことが、本当に成熟した都市、というものなのかもしれない。

大阪 ザ・シンフォニーホール
大フィル第456回定期演奏会
大山平一郎指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団
ピアノ独奏 野平一郎
ウェーバー:歌劇 「オベロン」 序曲
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 作品58
シューマン:交響曲 第3番 変ホ長調 「ライン」 作品97

大山さんの指揮ぶりを見るたびに、この指揮のどこからここまでの音が紡がれてくるのだろう、と正直思ってしまいます。

今日の演奏会で言うなら、ウェーバーとシューマンでそれが顕著。この人の指揮でドイツ物を聴くと、オーケストラというものは、やはり弦の響きがすべてだ、と思わされてしまう。そして、それは、実に周到に細部に施された細やかな気配り、そして絶妙の塩梅で配されたアゴーギグによるもの、であることはあきらか。

ぐすたふくん、今日はただただ、大フィルの弦の響きの美しさ、その表現力に魅了された、と言っていいです。それを引き出してくる大山平一郎の魔術、それがどの辺にあるのか、その秘密、機会があるならば、リハーサルから接してみたいものでありまする。

ただその一方で、4番のコンチェルトにおける野平さんのピアニズムには、残念ながらぐすたふくんはがっかりした、という言葉を送らざるを得ないです。そりゃ、圧倒的なヴィルトゥオジシティや華やかな演奏効果は望まないけれど、何とも中途半端な独り言のようなもごもごしたピアノで、聴いていて楽しいものではなかった。それをして、孤高のピアニズムとして讃える人がいたとしても反対する気持ちは無いけれど、ちょっとね、というのが正直なところです。

渋い演奏会、でも満足すべき演奏会、でした。大山平一郎、というマエストロに拍手。

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2011年の世界の地震

こんな記事を見つけました。

http://rocketnews24.com/2012/02/10/181141/

2011年の世界中におこった地震を、時間をぐっと圧縮して、世界地図上で見せています。3・11以後、とてつもない勢いで、環太平洋地域が地震の炎に燃え盛っているのがわかる。特に、アリューシャンから日本列島、インドネシアにかけてがすさまじい。

でも、これを冷静になって眺めていると、奇妙なことにすぐに気が付くのですが、このことは、誰もコメントしないのはなぜなのでしょう?

環太平洋が、それこそリング・オブ・ファイア、ならぬ、リング・オブ・アースクウェイクと化している、その輪の中、奇妙なまでに静かな一角があること。冷静になって考えれば、それはあまりにも「おかしい」。おかしいとするなら・・・・

この想像が、素人の馬鹿げた妄想であることを祈ります。

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「幻想惑星」「軌跡」

ネットサーフィンしてると、僕と同じような「軌跡」をたどっている、30年前に中学生だったおじさん(これが、間違いなくおじさんなんだ、おばさんは皆無!)たちのひとりごとに出あう。

その象徴が一つが、シンセサイザー音楽で・・・それは、冨田勲であるし、YMOであるし、そしてここにあげた二つの代表作をもつジャン・ミシェル・ジャールだろう、と思う。

この二つのアルバム、実はぐすたふくん、とても高くて当時買えなかったんですよね。「幻想惑星」が1976年、「軌跡」が1978年。で、最初に聴いたのは、「軌跡」の方。当時、NHKの「軽音楽をあなたに」というFM番組が、1週間連続でシンセサイザーの特集をやって、クラフトワーク、ヒューマンリーグ、ヘブンセヴンティーンと並んで、ある日、ジャンミシェルジャールの「軌跡」をかけたんです。これが衝撃的だった。

テープにとって、それこそ擦り切れるほど聴きましたよ。まさに、これが僕が15歳、中学3年生から高校1年生の時だった。

ふと、思い出してiTuneで検索すると、ちゃんとあるじゃないですか!!で、早速衝動ダウンロード。

深いエコーが聴いた70年台シンセサイザーサウンド。懐かしいなあ。これが、その当時の音、なんですよ。これを聴くと、やっぱり僕はあのころに還って行く。一方で、カラヤンのベートーヴェンにどうしようもなく憧れていた、そして僕の人生で最も幸せな時間を過ごしていた、あの頃の僕に。

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僕がヒンデミットが好きな理由

ぐすたふくん、中学2年生の時にマーラーの「復活」にやられて以来、当然のようにマーレリアンで、マーラーが好きなのは本当です(いまさら、ですよね)。

でも、当時(1970年代後半)ではマイナーな存在だったマーラーも、いまや超メジャー作曲家。いまさら、マーレリアンだなんて言っても、まあそらそうでしょう、それで?って感じになっちゃいました。

マーラーがそうなっちゃったもんで・・・・村上春樹のプーランクが好きだっていう文章を読んで、そういう極めてパーソナルな、他の人があまり知らない、宝物のような作曲家がいる、そのことがうらやましく思えちゃったんですよ。そう言える作曲家が、改めて僕にもあったらいいなあ、って思ってたんですけど・・・・ようやく、このごろ、それって僕にとってはヒンデミットなんじゃないかなあ、って思うようになりました。

実はヒンデミットはかなり多作の作曲家で、そうでありながら録音が少なく、そういう意味では、僕がどの程度ヒンデミットを聴いているか、と言われると、ううむというところ無きにしもあらずだけれど・・・でもまあ、ほとんどの管弦楽作品と、重要な室内楽作品・ヴィオラ作品・ピアノ曲には耳を通しているし、実際大学時代に弦楽四重奏のための小品も弾いているので、まあ平均的なクラシックリスナーよりは聴いている方といっても良いんじゃないかなあ。

この人の魅力は、その独特の「味」ですね。苦み、と表現するのがぴったりな、それこそ「大人の味」(「画家マチス」の独特の和声なんかが、良い例)。モダンジャズに通じるものもあるような気がするなあ(カンマー・ムジークなんて、ほとんどコンボ・ジャズみたい)。そして、バッハに比肩するほどの、対位法の見事な構築性。それが、なんとも幾何学的な美しさを湛えるんですよ。「ピアノ・ソナタ」なんて、音を間違えたバッハと言われたこともあったらしいが、そこがまたいいんですって。

弾いたときも、なんともいえない「弾く愉しみ」が改めてそこにあるのを感じて、驚愕した思い出がある。これが、ヒンデミットが演奏者に好かれる(グールドがヒンデミットを偏愛していたのは有名)所以なんでしょうねえ。

でも、他の人に聴いてほしいとは思いません。だって・・・・パーソナルなものにしておきたいんだもん(笑)。

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感銘深い演奏・・・聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団演奏会

生まれて初めての、マタイの演奏会。

大阪 ザ・シンフォニーホール
聖トーマス教会合唱団創立800周年記念公演
ゲオルグ・クリストフ・ピラー指揮
聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団
ウーテ・ゼルビッヒ(ソプラノ) シュテファン・カーレ(アルト)
マルティン・ペッツォルト(テノール:福音史家&ソロ)
マティアス・ヴァイヒェルト(バス)
ゴットホルト・シュヴァルツ(バス)
J・S・バッハ:マタイ受難曲BWV244(全曲)

このごろアクシデントには慣れっこになってしまって、半ばあきらめ気味なのだけれど、今日も演奏者降板のお知らせから始まって、いきなりテンションダウン。テノールソロをやるはずだった、クリストフ・ゲンツ氏が体調不良で参加見合わせとのこと。「演奏参加見合わせ」ということは、来日はしておられる、ということなのかな、と思い直し、それなら原発がらみではなかろうとちょっと気持ちを取り直したのだが・・・・毎回こんな気持ちにさせられて、現実を突きつけられて、いささかげんなり。でも、聖トーマス合唱団の少年たちがちゃんと来てくれたという事実には変わりはないし、ゲンツ氏の降板が仮に原発のせいであったとしても、他のソリストはちゃんと来日してくれている、と言う事実にも変わりはない。そのことには、素直に感謝しなければならない、と思います。まだ、日本が見捨てられたわけではないと。

で、それでなくても全編歌いっぱなしで大変な福音史家のペッツォルト氏、さらにアリアまで歌わなければならなくて、これがやはり大変。明らかに、アリアの所は練習不足がわかってしまうのだけれど、これはもう仕方が無いですよねえ。ただただ、ねぎらいの拍手をお送りしたいです。

ソリストでは、やはりアルトを担当したカーレ氏が飛びぬけて良かった(男性!こういうのを、カウンターテナー、って言うんだろうか?初演時は、ソプラノも男性が担当したんだろうなあ)。かの有名な、第2部のアリア、「憐れみたまえ、わが神よ、この涙のゆえに」のなんとも透明で、遠い遠いところまで突き抜けていくような哀愁の、切々と胸を打つことといったらないです。また、この人、合唱にも参加していて、合唱団とソロ席の間を何回も往復していたのにも驚きました。ソリストの中では最も若く、聖トーマス合唱団出身とのことで、それこそ、指揮者でトーマス・カントールでもあるビラー氏とともに、きっと先頭にたって引っ張ってこられたんでしょうねえ。

このカーレ氏のアリアに、バスのアリアを挟んで拮抗する、もう一つの素晴らしいアリア、「愛ゆえに」の、それこそ涙なくして聴けない、切々たるソプラノも良かった。第二部は、この二つのアリアが絶品ですね。

そして、第2部と言えば、ここで3回繰り返されるパウル・ゲルハルトに起源をもつ受難コラールの美しさ。この3回それぞれを、激情や怒り、やりきれなさや諦念、そして浄化された祈り、という風に、見事に表現しわける、感動的な合唱。この劇的表現、素晴らしい、の一言です。バッハがこれほどまでにドラマティックだということを、実感として感じられた、忘れがたい時間だったです。

そして、徹底的に絶望的なドラマを突き抜けた先に、いつの間にか仄かな救いの灯りがともり、それが「わたしのイエスよ、おやすみなさい」と繰り返されるうちゆっくりと音楽全体に広がって、最後の「我ら涙してひざまづき」の合唱に於いて、怒りも苦痛も悲嘆も哀しみも超えた、極めてニュートラルな地平に到達する時間を感じた時、ああ、これがマタイというものなのか、となんとなくこの曲を初めて理解できたような気になりました。これが、バッハ体験、というものなのかなあ。

マタイという曲、CDで聴いているといつもピンと来なくて、途中で寝てばかりなのだけれど、初めてこれはやはり評判どうりの凄い曲なのかもしれない、と思ったのは、NHK・BSでやっていたライブ録画(どこの演奏だったかなあ、ペーター・シュライヤーがエヴァンげリストをやっていたはず)を見たとき。この時は、ただただ、そのどこまでも沈潜していく悲劇性に激しく心揺さぶられたのだが、今日はむしろ希望や救いが感じられて、そこが感銘深かった、と思います。

やはりこの曲はライブで聴くものなんやなあ、と思いました。こうやって、マタイ体験を積み重ねていくことが大切なんかなあ、と。また次回は、違うものが感じられるかもしれないなあ。

今日の経験を反芻しながら、またCDを聴いてみよう、と思います。

はるばるこんな日本にまで感動を持ってきてくれた聖トーマス合唱団の若者たち、本当に有難う。最大限の賛辞を、ぐすたふくんは送りたいです。

陳腐で恥ずかしいけど・・・・心から、Danke Schoen, und Auf Wieder sehen !!

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